最近読んでいる本 『明石海人全歌集』 内田守人編

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『明石海人全歌集』内田守人編 短歌新聞選書 短歌新聞社(1978)

明石海人という名前は、以前から聞き覚えていたけれど、ようやく今になって読むことができた。
もっと若い、感受性がやわらかかった(かもしれない)時期に読んだ方がよかっただろうか。
でも
出会う時が来なければ出会えないし
出会った時が自分にとって読むのに一番よい時なのだろう。

『明石海人全歌集』より、以下引用。

・七寶の太花がめのあをき肌夕かげりくるしづけさを冷ゆ

・音たてて螇蚸(はたはた)ひとつ飛びにけりあれぢののぎくおどろがなかを
   あれぢののぎく に 傍点あり

・井戸端の梅の古木に干されたる飯櫃(おひつ)も見ゆれわが家の寫眞に

   ――写っているものが卑近であるほど、つらさがありありとたちのぼって伝わってくる。

・萌えいづる榁の白芽に降る雨は匂ひあたらし音(ね)のあかりつつ

   ――音までも目に捉えられたような、あるいは見えているものと聞こえているものが二重奏をしているような。

・ひとしきり跳ぶや海豚のひかりつつ朝は凪ぎたるまんまるの海

・蒼空の澄みきはまれる晝日なか光れ光れと玻璃戸をみがく

・蒼空のこんなにあをい倖をみんな跣足で跳びだせ跳びだせ

   ――この三首大好きだ。明澄な世界、生きようとする力の横溢。

・いつしかと我に似かよふ木の椅子の今朝はふてぶてと我を見据ゑぬ

   ――ふてぶてと がよいと思う。

・夕づけばしづむ遠樹の蟬の聲なにもかもしつくして死にゆくはよけむ

・ちひさなる抽斗あまたぬき竝べあれやこれやに思ひかかはる

   ――この歌好き。「思ひかかはる」がいい。

・海鳥はいまだ遊ばず朝潟にねむる小蛸は人にとられぬ

・ひやびやと霧をふふみて明けそむる蘇鉄に遠き発動船(ポンポン)のおと

   ――日日、海を見ていたのだろうか。瀬戸内の海を。

・ひたすらに待ちてかぼそき日もありぬほぐせば青き花芽ながらに

・活栓に堰きとめられし水勢のあてどもあらぬ我が忿(いか)りなり

・甘藍は鉛のごとく葉をたれぬ暮れてひさしき土のほてりに

・硝子戸はぴしんと閉まりつかの間をひろがり消えるむなしさに澄む

・夕づけば七堂伽藍灯りつつさくらひと山目をあけてねむる

甘藍の歌がとてもよいと思った。鉛の鈍い照り、重さ、土に残る日の熱。

後半、口語調だったり字余りを厭わず詠んだ歌もあった。


# by konohana-bunko | 2024-02-22 22:23 | 読書雑感

最近読んでいる本 『石本隆一全歌集』

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永田先生はよく「本を読みなさい」と言っておいでだったが、何を読めとまでは言われなかった。自分で考えて、選んで、自分で学ぶ他はない。そんな中めずらしく「あとりはこれを読んでおいた方がいい」と明確に勧められたのがこの本だった。
気になる歌をノートに写しながら読んでいたら、読み始めから1年8か月経っていた。


『石本隆一全歌集』 短歌研究社(2016)より、以下引用。

・石擲たばぴしりと割れん冬空の青さの下にわがからだあり

・水耕のサフランの芽は青みたり掌にとるこれはひとつのいのち

・ゴムまりを水に漬けむとせしときの抗いに似る眠らむとして

・めぐらせるわが垣のうちこのとしも蟇(ひき)いできたり媚ぶることなく

・風のなか椋鳥収めおえたれば欅の一樹いちはやく闇

・風化せでかなしきものは葬列を守る石獣の跪く列

・渾身の訣れをひとはするものかかなしみは常あとより育つ

・水馬(みずすまし)ひとつ来て搏つ水の膜ふかく撓みておれど破れず

・六千の鶴のねむりを地に見よと冬満月の引きあげらるる

・欠けつれど手振り見えつつ並びゆく踊る埴輪の喜びは何

・目黒不動裏の山辺に落ち葉積みぬくとくありつ昆陽の墓

# by konohana-bunko | 2024-02-11 22:58 | 読書雑感

最近読んでいる本 歌集『海と空のあいだに』 石牟礼道子

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石牟礼道子歌集『海と山のあいだに』 葦書房(1989)

半年ほど前、図書館で石牟礼道子の全詩集を見つけたので借りて読んでみた。
その続きで、歌集も読みたくなった。
以下、心に響いた歌を引用。

  友が憶えてゐてくれし十七のころの歌
ひとりごと数なき紙にいひあまりまたとじるらむ白き手帖を

ときにふと心澄ませばわが胸に燃ゆる火ありて浄き音立つ

かたぶいたトロッコの上にやつとこさ道生がのぼつたオーイと手を振る

坂を下る道生のあとをころころと山の小石がついて下るも

歌話会に行きたきばかり家事万端心がけてなほ釈然とせず

おほらかに生きゐよといふ強き声あたたかく欲し肩のあたりに

歌を詠む妻をめとれる夫の瞳に途惑ひ見ゆれわれやめがたし

無恰好な馬鈴薯をくりくりむき揃ゆるこの従順にしばらく和む

あたたかい冬の夜ふけに起き出して倖せな言葉をいつぱい書けり

焼き藁の奥に残れる燠赤し田の中の道よぎらむときに

まがり角よりくる人間をなつかしむなべてあざやかな悪相の類も

反らしたるてのひら仏像に似つ前の世より来しわがふかき飢餓

めしひたる少女がとりおとす鉄の鍋沈めば指を流るる冬の川

「道生」は息子さんの名前。
引用はしないが、若い時に自殺を図った時の歌なども、生々しいくらい率直に詠まれていた。

巻末に「あらあら覚え」と題した、著者と短歌の関わりについての文章がある。地方に暮らす、決して裕福ではない一介の主婦が、歌会に参加したいという願いを持った時、周囲はどう反応したか、制約のある環境の中でそれらをどう叶えていったかを辿ることができる。この振り返りの文章だけをとっても、この一冊を読んでよかったなと思った。

戦後食べてゆくために化粧品の行商を試してみたものの一向うまくいかずやめてしまった時、友人から言われたことば。
〈やっぱりあんたは、田んぼ道ば一人で、蝋燭の芯の灯っとるごつして、歩きよるとが似合うばい〉

# by konohana-bunko | 2024-01-06 23:25 | 読書雑感

最近読んでいる本 『歌人番外列伝 異色歌人逍遥』 塩川治子

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『歌人番外列伝 異色歌人逍遥』 塩川治子 短歌研究社(2020年)

あとがきに、〈専門歌人でない人で、他分野で特に名が知られている人々を取り上げている〉〈番外の番外として死刑囚なども入っている〉〈取り上げる人の条件のひとつに歌集を出していること〉と書かれている。
短歌(和歌)のアンソロジーとして、楽しみながら読んだ。
付箋をつけた歌を引用してみる。

・我が夢の一つ一つを負はすべくあまたの生命(いのち)欲しと思へり  鶴見和子

・菊の影大きく映る日の縁に猫がゆめみる人になりしゆめ  片山廣子

・人に打たれひとを打ちえぬ性(さが)もちて父がうからは滅びむとする  片山廣子

・川にゆく路を電車にてよぎるとき夕光(ゆふかげ)敷ける土うつくしき  小林昇

・坂を下る道生のあとをころころと山の小石がついて下るも  石牟礼道子

・歌を詠む妻をめとれる夫の瞳に途惑ひ見ゆれわれやめがたし  石牟礼道子 

・「人を人とも思はぬやうな、かたむきの性を、そなたは持てり」とや母。  大熊信行

・かなしきは、発作のごとく、にはかなる願なりけり、本が買ひたし。  大熊信行

・せとものゝひゞわれのごとくほそえだは淋しく白きそらをわかちぬ  宮沢賢治

・なまこ山海ぼうず山のうしろにて薄明穹のくらき水色  宮沢賢治

・うつせみの世は夢なれや桜花咲きては散りぬあはれいつまで  源実朝

・六つのみちをちこち迷ふともがらはわが父ぞかし母ぞかし  道元

・世の中にまことの人やなかるらん限りも見えぬ大空の色  道元

# by konohana-bunko | 2023-11-10 22:00 | 読書雑感

最近読んでいる本 岡部桂一郎の歌集二冊

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歌集『緑の墓』岡部桂一郎 (昭和31年/1956)

数條のレール光れる暁の薄明のなか紙ひとつとぶ
黄昏に入らんとぞしてほてりたる歩道をぬらす数分の雨
遠天に夕やけ雲の消えしとき骸炭の山を転落する骸炭
空気銃持てる少年があらわれて疲れて沈む夕日を狙う
ここにある阿呆の一生(ひとよ)埋まりて夜毎の月と朝朝の霜
音もなくうねれる夜の水の上に壜ただよいて星々は目守(まも)る
荷車に轢(ひ)かれて砂利のつぶるる音めざめて間なき世界より来る
白磁器のふちが机上にかがやける輪とのみなりし夜を放心す
日の沈み終わりし空は匂いつつガラスの鉢に透く赤き魚
砂の上に濡れしひとでが乾きゆく佛陀もいまだ生れざりし世よ
おとずれの如くわが身をさしにくる夜ごとの縞蚊、天(あめ)の星々
瞬間にあいし二つの手のひらより命死にたる蚊が落ちてくる
鋪装路を数かぎりなく枯葉越ゆ赤き葉まじりおれども枯葉
昏れがたの歩道の上に音もなく白き紙きれ舞いてしずまる
(一部、旧字を新字に変更しています)

歌集『坂』 岡部桂一郎 青磁社 (2014)

人の世のわれを選びてかたわらのざくろはあかき口をあけたり
この空の深い青さはなんだろうもっと嘆けということなのか
いきいきと大根畑さわだちて風を連れたる犬が過ぎたり
父母よわが死ぬときに現われて立ち給うなよ覗き込むなよ
かすかなることと思うな月のぼる東の空のほほえむものを
大根の畑に来たり腕組みし無用の人は大根を見る
墓地工事人の働くかたわらに毛布かぶりて待つ石一基
影が前に人がうしろにいるような歌つくりたしわが出来ざらん
かすかなる風は路上の紙きれをなぐさみながら連れてゆきたり
大いなる鋼の板の宙吊りに上りてたわむとき鰯雲
ナイル河岸(きし)に摘みしというミント繁れる鉢のそばに寝ころぶ
原稿の枡目の中にかなしめる「それまで」の文字「それから」にする

第一歌集の『緑の墓』の中でも、遺歌集の『坂』の中でも、路上を舞う紙片の歌があることに気付いてうれしくなった。心に掛かるモチーフがあれば、何年経っても、何度詠んでもいいのだと思えて。同じ泉から、幾度でも汲めばいいのだ。その都度、あたらしい水を飲めるのだ。

「影が前に人がうしろにいるような歌」とはどのような歌なのだろう。わかりそうでわからないこの歌にいたく心を惹かれる。

# by konohana-bunko | 2023-09-10 23:05 | 読書雑感

何もないところを空といふのならわたしは洗ふ虹が顕つまで


by このはな文庫 十谷あとり