夢ふたつ

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書きものをしたり東京へ出掛けたり、お家のひとのあれこれに付き合ったりなど、普段よりよく活動した10月が終わり、ほっと気が緩んだとたん、首の骨がおかしくなる。神経圧迫による頭痛が来る。眉の上から、目の奥を通ってぼんの窪まで、針金が刺さっているような痛さ。
痛み止めの薬も最近は通用せず(却って胃が痛い)、1週間に2回カイロプラクティックに行く。11月はじめの連休はひたすらじっとして過ごす。

痛みが遠のき、深く眠れるようになってゆく過程で、幾度か込み入った夢を見る。ひとつは「追われている夢」。制服を着て、大勢の人に混じり、学校とも会社ともつかぬ古くて大きなビルの中を彷徨している。「周囲に自分が自分であると知られると命が危うい」という設定なので、なるべく他人と目を合わさないようにしているのだが、やたらと人に話しかけられたり、用を頼まれたりする。しまいに、講堂の舞台の上に追いつめられる。このままでは万事休す、逃げねば、と思うと、講堂の幕の陰に45ℓのゴミ箱があり、自分はそこを通ると外に逃げられることをなぜだか知っている。ゴミ箱を開けると、中には4つ折りにした段ボールがぎちぎちに詰まっている。(誰や古紙回収に出さんとこんなとこにほかしてッ!)と心の中で悪態をつきながら、左手でゴミ箱の縁を押さえ、右手で段ボールを掴んで引っ張る。段ボールがずぼっと抜ける手応えがしたあたりでだんだんこれが夢だとわかってくる。目が覚めても両の掌に力を入れすぎたしびれが残っている。
もうひとつは「深い水の夢」。水の夢はこどもの頃からよく見る。浅くて大きな川のこともあれば、深い海のこともある。今回の夢で自分は千里中央の駅前を歩いているのだった。大丸ピーコックがある通路や橋のところを行くと、休耕田のように一面雑草に覆われて、人の姿もない。自分の家に帰るのに、北に行けばいいのだったか、南へ出ればいいのだったかわからず、歩き回っているうちに大きな公園だった場所に出る。一面に草ぼうぼうで、(ああここもか)と思う。野球のグラウンドだった部分が陥没して池になっており、透きとおった青い水の底に、サメやエイ、ツバメウオなど大型の魚がうねるように泳いでいるのが見えた。その魚が、どれもこれもみんな真っ黒なのだ。水族館の大型水槽を前にしたような気分で、池の中の魚に見とれていたら、目が覚めた。
夢の中の水を見ていると、(引き込まれたらどうしよう)と、必ず不安になる。と同時に、(中に入ってみたらどうだろう)と、惹かれもする。両方の思いがせめぎ合って、胸がねじれるような、それでいて妙に高揚したような気分になることが多い。
覚めてしまえばただの夢で、だからどうしたということもないが。

家事の合間に古井由吉『東京物語考』を読む。最初は何だかなあと思っていたが、だんだん気分が落ち着くにつれ、面白くなった。通勤途上の読書も再開。岩波文庫『森の生活 上』を少しずつ。
Commented by つぼ at 2008-11-13 18:37 x
私も首を患っていて、ヘルニアですが、私の首の本によると、首の健康には、腕立て伏せと、5分から30分、畳とか硬い床でまっつぐに寝ていると、よいらしいです。私の場合は腕立て伏せ毎日10回(たったの?!と言ってヒトが笑いますが)やってるだけで、一年くらい痛みが出てません。筋肉がプロテクターになってるのじゃないでしょか。気が向いたらお試しあれ。(ためしてガッテンでやっていた首の体操のやりかたも保存してあります。ご希望でしたらメールで送ります)
Commented by やまんね at 2008-11-13 22:39 x
夢って不思議ですね、しかし二つの夢、とても面白く読みました。とっても疲れてるんですね、ときどき身体も頭も休めてくださいね。
by konohana-bunko | 2008-11-09 22:11 | 日乗 | Comments(2)

何もないところを空といふのならわたしは洗ふ虹が顕つまで


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