花屋にて

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夕方、花屋に行く。猫がいつも出入りしていた狭い庭が、少しでもにぎやかになるように、花を植えようと思ったのだった。
花屋には季節柄、冬から春の花の苗がいろいろ出ている。風で、花や葉がちりちり震えている。
紫のビオラの苗を三つ選んで、レジまで運ぶ。ガラス戸を開けて店の入ると、中には三人の人がいた。レジの前に、客が二人、カウンターの奥にお店の女の子。
お客のひとりは中年の小柄な女の人で、もう一人は初老の男の人だった。男の人は野球帽をかぶり、ジャンパーにスニーカー姿、ちょっと山歩きでもしそうな雰囲気に見える。小さい店で、そこへわたしが入ったものだから、ますます狭く、互いに半身にならなければ身動きができない。
女の人はここのなじみの客なのだろう。切り花を物色している男性に、
「男の人がお花買いに来はんのめずらしいねえ」と、声を掛けた。そして店員さんに向けて
「ねえ、男の人そんな花買いに来はらへんもんねえ」と同意を求めた。
山歩き氏はちょっと笑っただけ。店員は「そうですねー、すてきですよね。よく来て下さるんですよ」と答える。
山歩き氏はカサブランカとピンクッションを2本ずつ選び「これを」とカウンターに差し出す。女の子は紙を広げて花を包みはじめた。
「プレゼントにしはんの?」小母さんは興味津津である。
「いやいや。仏さんの花」と山歩き氏。
「いやァ」小母さんはさっきより色めきたちつつ、声を絞ってこんなことを言い出す。「ひょっとして、こんなん訊いたら悪いけど、亡くなりはったん、奥さん?」
傍で聞いているわたしの方がぎょっとした。何て不躾なことを尋ねるのだろう。山歩き氏は一瞬、質問の意味がわからなかったようだが、すぐ真面目な声で
「ちゃうちゃう、普通の仏さん」と首を横に振った。
「はあ、そうですか」小母さんは山歩き氏への興味を急速に失ったようだった。そして、カウンターに肘をついたまま、半分節をつけるような声で「こらまた、えらい失礼なことを言いまして」と付け足した。ちょっと体裁を取り繕おうとしているようにも聞こえた。
山歩き氏が退出して、わたしが勘定を払う番になっても、小母さんはまだ店の女の子に話しかけていた。女の子はわたしにではなく、小母さんに愛想よく相槌を打ちながら、花の苗をビニール袋に入れた。2つは手際よく収まり、3つ目を入れようとして手に取り損ねた。カウンターから落ちた苗は真っ逆さまに床に落ち、花も茎もぺっしゃんこに潰れてしまった。店の子は真っ赤になって謝り、代りの苗を入れてくれた。花が落ちた時、小母さんはやはり色めきたって「いやァ」と声をあげたのだった。
あの落ちた苗はどうなるんだろう、育て直したらまた売れるのだろうか、それともあっさり捨てるのだろうか。ガラス戸に手をかけた時、ちょっと気になった。だからといって、「その落ちたのでいいからもらいます」ともよう言わなかった。店の中にこもった植物の匂いが鼻について、少しむかむかした。

外はもう日が翳って、空気が冷たかった。苗を入れたビニール袋が、風でぱさぱさと鳴った。もっと強く風が吹けばいいのにと思った。
Commented by やまんね at 2008-11-22 22:56 x
じんわりと涙がでてきちゃいます。いい文ですね・・・
Commented by konohana-bunko at 2008-11-28 14:16
ありがとうございます。(^^)
by konohana-bunko | 2008-11-21 23:08 | 日乗 | Comments(2)

何もないところを空といふのならわたしは洗ふ虹が顕つまで


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