古井由吉『東京物語考』が面白かった その1

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ものを知らないのは恥ずかしいことだが、悪いことばかりではない。今知らないということは、後に知った時のヨロコビがまだ取ってあるということだから。ものを知らないわたしの四方には、ヨロコビが洋々と広がっている。何の自慢にもならんけどナ。
夏の下鴨納涼古本まつりの時、300円均一の台で古井由吉を手に取ったのは、帯に朱赤の字で、幾人もの「名前は知っているが読んだことはない小説家」の名前が並べてあったから。何やしら文学の匂いがする、と気に入った。装幀は菊池信義。

以下〈 〉内は引用。

〈先人たちの小説の内にさまざまな東京物語をたずねて、おのれの所在を知りたいという欲求が、この文章の始まりである。東京者というのは東京移住者、およびその子供たち、とひとまず範囲を区切る。そうなると関心のおもむくところはまず、そもそもの移住の初め、いかに取り着いて、いかに挫折屈折して、やがていかに居着いたかの身上話となり、それもなるべくは古い、あからさまな形がよろしい。〉(p10「安易の風」より)

と、わかりやすくこの本のテーマが示され、東京で暮らし東京を舞台に書いた小説家が登場する。まず最初に德田秋聲、正宗白鳥。どちらの話も何とも陰気くさい。次は葛西善藏。これはいわゆるダメ人間が書いたヤな感じのダメ人間の話。(もうこんな本読むの止めや!)と思っていたら、五番目の章で、宇野浩二の話になって、俄然面白くなった。
宇野浩二の「苦の世界」という小説の話。
三人の男が登場する。
一人目は、懸想していた芸者を実の父親に身請けされてしまう、遊び好きの法学生。二人目は癇癪持ちの芸者と駆落ちしたばかりに困窮する絵師。三人目は、先の絵師がアルバイトをしていた書店(出版社)の社長。こちらの母親もヒステリー症で、会社を潰してしまったので「倒産書店」と呼ばれている。
この三人が機嫌直しに浅草の花屋敷へ繰り出す。

〈《メリイ・ゴオ・ラウンド》が終わると三人は獺の檻の前に足を止め、獺が水に潜って餌をとるさまを面白がって、次から次へ、泥鰌を買ってあたえる。そこへ一文字眉の濃い、逞しい黒髭の、陸軍大将みたいな顔をした、園内監督の男がやって来て謹厳な口調で、三人の年輩者の逸脱をたしなめるが、三人が困って頭を掻くと、たちまち善良で単純そうな笑顔になり、三人を誘って操り人形の方へ案内する。楽隊に伴奏された稚拙な「桃太郎」芝居の、やがて鬼ヶ島から凱旋の大団円の、「桃から生まれた桃太郎」の合唱に、先頃たった一人の子をなくしたという黒髭もふくめて、四人の大の男がベンチの上でそろって泣き出す〉(p104「心やさしの男たち」)

深刻さの底が抜けて新喜劇みたい。

〈また、ひどい話がうち続くけれど登場人物はことごとく、善良の人であるのだ。自身のあさましさ、結果としての卑劣さにありあまるほどの恥の念を抱き、なおかつそこから脱れられぬことをまた恥じて、だいたいが「悪」であることにすでに堪えない、心やさしの人々である。〉(p105)

〈誰も彼も単純な、愛すべき人間にちがいないのに、それらの愛すべき、正直な人たちの寄りあつまりであるところの世界はどうだ……〉(p105)

『苦の世界』読んでみたい!『東京物語考』の感想、つづく。
Commented by やまんね at 2008-12-09 21:26 x
宇野浩二の『苦の世界』私も読んでみたいです。感想のつづき楽しみにしています。
Commented by つぼ at 2008-12-10 13:43 x
「苦の世界」読んでください。私はその感想を読みたいです。
Commented by konohana-bunko at 2008-12-10 20:47
やまんねさま、つぼさま 「苦の世界」読んでいます。また書きますね。
by konohana-bunko | 2008-12-09 17:07 | 読書雑感 | Comments(3)

何もないところを空といふのならわたしは洗ふ虹が顕つまで


by このはな文庫 十谷あとり
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