『苦の世界』  宇野浩二

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『東京物語考』つながりで読めた一冊。
先の記事で触れた通り、小説の中に出てくる人出てくる人、誰一人として「悪い人」はいない。みんな悪くない、でもみんな困っている。
ヒステリー持ちの家族を抱えて困っている男、駆け落ちした相手に遠隔操作されて、結局また芸者に出ざるを得なくなる女。借金に追われている男、好いた芸者を実の父親に身請けされてしまった学生、息子が不甲斐ないために、折り合いの悪い親戚に身を寄せざるを得ない老母。おまけに酔った勢いで、首吊り自殺を図っている見ず知らずの人をけしかけてしまい、本当に自殺させてしまった人。この人はその悔恨に、また酒を飲まずにはいられない。
そんなもう、にっちもさっちもいかない人ばかり出てくる話なのに、読んでも読んでもほとんどいやな気持ちにはならなかった。(最後に出てくる虚言癖のある人物はちょっと気持ち悪かったけれど。)作者の人間を見る目があたたかいからだろうか?
個人的な感想だが、ヒステリーの家族を抱える苦についての描写は身につまされた。腫れ物にさわるようにしても爆発され、さりとて腕力で制圧してもさらに爆発され、何をしても何もしなくても結局爆発される。家族はひたすら忍従の日々を送らざるを得ない。

酒でも飲まなやってられへん、というような憂き世の話の中に挿まれた、下の文章がうつくしいと思った。主人公が母方の伯父――主人公はあまり折り合いがよいとは思っていなかったが、亡くなってから心配してくれていたことを知る――と過ごしたこどもの頃を回想するシーン。以下引用。

《夏の夕方になると、彼は魚をとる叉手網と、ながい竹竿とをかついで、空(から)の小鳥籠を持った私をしたがえて、城の横手の原っ場(はらっぱ)に行った。原っ場の草のうえで、彼は持って来た叉手網を竹竿の端にしばりつけて、空をとんでいる蜻蛉の、なるべく群れをなしてかたまっているところをめがけて、いきなり上から下にすくうようにして伏せるのだった。私は小鳥籠を持ってそれを見ている。彼は身のちかくに蜻蛉のむれていない時には、大人の彼が、子供のように、しかし子供などにはとうてい持ちえない、その大きな竹竿の網を両手にささえて、駆けだして行くのだ。だんだん夕方のうす暗くなって行く空に蜻蛉のとびかう、その下の原っ場に影絵のように見える彼を追いながら、小鳥籠をさげて小さい私もはしるのだ。彼が空の蜻蛉を草原の上にすくい下ろすと、私はだまって彼の傍に小鳥籠を突きだしながら、伏せられた網の目と草とのあいだにいくつかの蜻蛉がサラサラサラサラと羽根をならしているのを、そのうちにもしだいにうす暗くなって行く空気をとおして、私は、のぞきこむ。彼は、蜻蛉を網の下からつかみ出しては、「どっさり取れたろう、どっさり、」とそのころ私にはめずらしかった東京弁でいいながら、私のさし出す籠の中に入れてくれるのだ。そうしていつも日がすっかり暮れきってから、彼は叉手網と竹竿とをべつべつにはなしてそれらを持ち、私は往きの時とはちがって、そのなかで蜻蛉がかさなりあってサラサラとなる籠を手にさげて、もうすっかり夜になって灯のついている町を帰ってゆくのだった。》(p137-138「苦の世界 その二」)

写真は長谷寺参道にて。
Commented by つぼ at 2008-12-27 21:22 x
そんな伯父さんが私にもいたような気がしてきました。
Commented by konohana-bunko at 2008-12-28 20:54
つぼさま 本当に。何かを思い出しそうになります。
by konohana-bunko | 2008-12-26 21:33 | 読書雑感 | Comments(2)

何もないところを空といふのならわたしは洗ふ虹が顕つまで


by このはな文庫 十谷あとり
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