『太占』  金井国俊

c0073633_21283121.jpg
歌集『太占』(ふとまに)  金井国俊  不識書院  うた叢書第一篇  (1981)

かたかげに夕陽しづまる幹ありて橡のしげりのすでに秋づく

けものらを見むとし来り冬の園の水のほとりにしばしいこひつ

青萱の敷きたる踏みて草の輪を三度めぐりぬ六月祓に

山裾のプールに青くたたへたるみ冬の水の時にをののく

蟻地獄に蟻の陥ちゆく切実を言ふわらべ顔雨に濡れたり



あとがきより以下引用。

《私の住んでいる所は、山の上の古い村落である。山岳信仰によって開かれた所で、頂上に御嶽神社が鎮座している。私の家も、この神社に仕える御師の一員である。ここでの人間関係は、個の精神よりも、習慣やしきたりが優先する。これは個の側から見れば、けしてのびやかなものではないけれども、現代社会の、組織化された生活から起こる精神の空洞化や、価値観の私物化を考える時、あんがい大切なものかもしれないとも思う。良きにつけ、悪しきにつけ、この山上での幼い頃からの生活は、私の資質に深く影響している。玉城氏がある時私を評して"西多摩的リアリズム"と言ったことがある。たしかにそうなのである。
歌集名『太占』は、毎年一月三日、神社で行われる祭で、鹿の肩甲骨を火に焙って、その罅の入り具合で農作物の豊凶を占う神事である。神社の裏山で早朝、秘事として執り行われる。》
Commented by やまんね at 2009-05-15 21:57 x
御嶽神社の宿坊の、古くから累々と続く伝統を支えてゆく暮らし、少しだけ垣間見てきましたね。自ずと浄化された心地になりました。
Commented by konohana-bunko at 2009-05-18 13:35
地に足のついた生活、というのはああいうものかもしれませんね。御嶽の夜明けはきっと忘れないだろうと思います。
by konohana-bunko | 2009-05-15 21:28 | 読書雑感 | Comments(2)

何もないところを空といふのならわたしは洗ふ虹が顕つまで


by このはな文庫 十谷あとり
プロフィールを見る
画像一覧