折る人
2009年 10月 16日
電車が動き出したので、鞄から本を出した。『塚本邦雄の青春』の続き、あともう少しで読み終わる。
わたしの右隣には、スーツ姿の会社員風の男性が座っていた。若いともいえない、40代くらいの人だろうか。
その男性の側から、かさかさと紙の擦れ合う音がする。
音が気になって、見た。その人は膝の上にA4サイズのレザーの鞄を載せ、その中に両手を突っ込んで動かしている。(ガムの紙でも剥いてんのかな)と思い、目をページに戻した。
しかしまだかさかさやっている。一定のペースで、いつまでも紙の擦れ合う音が続く。
いよいよ気になり、(何したはんね)とその人の手許――鞄の中――を覗いてみたら、空色の小さな折り紙が見えた。
その人は折り紙で、鶴を折っていたのだ。
(いやっ、千羽鶴作ったはるんやわ)それがわかった瞬間、どきっとした。
見咎めるような気持ちで覗き込んだことが恥ずかしかった。しかしその人の手の動きから、わたしは目が離せなかった。一羽の折り鶴が仕上がると、その人は念入りに指で押しをかけ、鞄の奥にしまった。そしてまたあたらしい折り紙――ふたたび空色――に取りかかるのだった。
何の、誰のための千羽鶴かはわからないけれど、祈りが届くといいと思った。