『空庭』  黒瀬珂瀾

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歌集『空庭』(本阿弥書店 2009)より、以下引用。



妹の水着はいつも濡れてゐて炎天に渡りゆく潮溜まり  (海から帰る)

中心に死者立つごとく人らみなエレベーターの隅に寄りたり  (春の聖域)

物ひさぐ悲しみ満ちて花枯るる道端に水わづかかがよふ  (水の刃)

玄関の薄光に浮く靴は君を冬の海路へ運ぶ日を待つ  (植民地(Ⅲ))

人ら等しくとらはれとしてひとやなる星にゐてまた星を眺めつ  (In Rimbo)

恋人と国を違(たが)えて聴く雨の、鉄観音はころころと沸き  (雨を追ふ)

汝が口を口もてふさぐ われの名を零さむとする暁の百合を  (夜の底/Psychommunication)

人の狩るものに孔雀と猫目石、カナンの地、獅子、父に少年  (Hunt)

死がこはい世界がこはい水のない海へと歩む僕の魂  (夏の雨 小さな朗読のために)

ししむらを持つゆゑ飛べず春雪をかづけば無言なる遊園地  (Ghost(2))

復員し挫折しさらに子を亡くし中島栄一歌集はつづく  (金をくれるといふのならどんな歌でもよろこんで)



あちこちから気に入った歌を1首ずつ引いてくるという行為は、鑑賞とは呼べないかもしれないけれど。一冊を読み通す間、命綱なしの綱渡りを地上から見上げているような気持ちだった。どの歌にも、静かで澄み切った緊張感に満ちている。
集の真ん中あたりに、「花冠」という一連があり、わたしはその章を読んでいる時が一番こころが和んだ。淡あわとした印象の小品。



けざやかに散りしぼたんのくれなゐにささやく汝の息のゆふばえ  (花冠)

めつむればひとり消えゆくわれの身の裡にはかすかなる冬菫
by konohana-bunko | 2009-10-29 19:09 | 読書雑感 | Comments(0)

何もないところを空といふのならわたしは洗ふ虹が顕つまで


by このはな文庫 十谷あとり
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