読む前に売れ  北園克衛の句と永瀬清子の詩

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読もうか読むまいかなどと言うてる間に向井敏『傑作の条件』が売れた。うれしい。

お届けの前に2つだけ、またしても孫引き。ひとつ目は大岡信『折々のうた』について書かれた文章から。

《北園克衛といえば、昭和のはじめから戦後にかけて、前衛詩の一方の雄として鳴らした詩人。彼の詩業には一通り眼を通してはいたのだが、そしてじつをいうといっこうに感心しなかったのだが、その北園克衛が晩年になって句作に親しみ、飄々として姿のいい句をいくつも残していようとは、『折々のうた』に教えられるまで、まるで知らずにいた。左に引くのはその一つ、「河童十景」と題する連作のなかの一句。見かけばかり派手だった前衛詩の作者としてよりも、この一句の作者として記憶されるほうが北園克衛にとって名誉ではあるまいかといいたいほどの出来ばえである。

空風に小手かざしゆく河童かな》(p98「紙上の花吹雪」より)

からかぜにこてかざしゆくかっぱかな。いいなあ!

もうひとつは「本よむ人の歌」という章から。

《たった一行の言葉のために、あるいは一節の詩句のために書かれたような詩がある。逆にいえば、その一行、その一節をもつことではじめて鋭さが研ぎ出されてくるような詩がある。豊かさが溢れ出てくるような詩がある。》(p31)
という書き出しから、永瀬清子の「諸国の天女」という詩が紹介されている。(詩集『諸国の天女』河出書房、のち思潮社版『永瀬清子詩集』再録。)以下引用。

《諸国の天女は漁夫や猟人を夫として
いつも忘れ得ず想つてゐる、
底なき天を翔けた日を。

人の世のたつきのあはれないとなみ
やすむひまなきあした夕べに
わが忘れぬ喜びを人は知らない。
井の水を汲めばその中に
天の光がしたたつてゐる
花咲けば花の中に
かの日の天の着物がそよぐ。
雨と風とがささやくあこがれ
我が子に唄へばそらんじて
何を意味するとか思ふのだらう。

せめてぬるめる春の波間に
或る日はかづきつ嘆かへば
涙はからき潮にまじり
空ははるかに金のひかり
ああ遠い山々を過ぎゆく雲に
わが分身の乗りゆく姿
さあれかの水蒸気みどりの方へ
いつの日か去る日もあらば
いかに嘆かんわが人々は

きづなは地にあこがれは空に
うつくしい樹木にみちた岸辺や谷間で
いつか年月のまにまに
冬過ぎ春来て諸国の天女も老いる。》(p31-33)

引用終わり。この2つ読めただけでも得したというもの。向井敏の本またどこかで拾ってきましょう。
by konohana-bunko | 2009-11-18 20:23 | 読書雑感 | Comments(0)

何もないところを空といふのならわたしは洗ふ虹が顕つまで


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