『焔に手をかざして』  石垣りん

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石垣りん『焔に手をかざして』(ちくま文庫)より、以下引用。

《私の父のなりわいは薪炭商であった。一時期牛乳商も兼業していたが、色彩でいうと白と黒、まさかそのせいでもないだろうが、妻に三人死なれている。東京港区に古い家を買って開業し、私はそこで最初の妻の子としt生まれた。けれど四歳で死別した母の記憶はない。
赤坂という場所柄か、客筋は料亭が多く、他に少々の個人と、近所で困っている人が馬穴を下げて買いにくる姿が目についた。
父は遊んでいる私に手伝え、という時があった。おもてに散らかった炭の片付けである。備長などという、鰻など焼くによい堅炭は、水で洗い落すと手も汚さず、木目で鉛筆の先をこするとやすりの役目もしたので、小学校の友だちは面白がって私の所へとりに来た。普通の家庭にはない炭であった。私はそのたたくとピンカチン音のする炭のかけらが、土にもぐりこんでしまうのを惜しんで、ずいぶん暇をかけて掌いっぱい拾い集めたりした。火になるものを埋もれさせるのが、かわいそうな気がした。
店のおとくい先に星ヶ岡茶寮があって、話の中に「北大路さん」という名が出てきた。百貨店などへ行くと、父はせとものなどが好きでよく買ってきたから、そういう碗皿が並ぶ中に、北大路さんに頂戴したという、子供の目から見ればへんにやぼったい猪口や灰皿が茶箪笥にあった。》

(中略)

《赤坂の家は三十二年前、空襲で焼かれたので、長八も、猪口も残っていない。「お宅が焼けるときはきれいでしたよ」と町会事務員をしていた男が私に言った、その言葉を思い出の形見にしている。火になる時はどんな家でも美しかったに違いない。(77・12「目の眼」)》(p231-233「火になる時」)
by konohana-bunko | 2010-05-23 14:21 | 読書雑感 | Comments(0)

何もないところを空といふのならわたしは洗ふ虹が顕つまで


by このはな文庫 十谷あとり
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