予感

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春、雨が近づき、空気が少し重く、土の匂いを含んでいるような夕暮れに思い出すのは、八歳の日の記憶である。わたしはひとり小学校の中庭にしゃがんでいた。見ていたのは地面、乾いた砂である。手を出して明るい色の砂の表面をなでると、小さな石の粒が地面をひっかいて線を描く。その線を消そうと逆向きに地面を撫でると、元の線は消え、違う線があらわれる。撫でるたびに似たような、しかしそのたびにあたらしい線が生まれる、ただそのことが面白く、飽かずてのひらを左右に動かして砂を撫でつづけた。そんな遊びともつかぬ遊びをしつつ、わたしの頭の中は雨の前の空気のようにあたたかい何かに満たされており、向後どのような出来事があろうともこうしていたことを決して忘れないだろうと確信していた。その日から十年後、二十年後、確かに忘れずにいたこの記憶を書きとめようと試みては挫折した。そろそろ四十年という時間が過ぎようとしているが、今なら、歌でなら、ことばにできるかもしれない、そんな気がする。この漠然とした、根拠のない予感がわたしの中にある限り、歌を詠むことはわたしの希望である。
Commented by スザン at 2011-02-11 16:17 x
歌を詠むだけでなく、何か書けそうですねって思いましたよ。
思いが言葉になるといいですね。
Commented by kawasusonomiya at 2011-02-11 21:05
八歳の日に、とても、真実に触れた深い体験をされたのですね!

このことを決して忘れないだろうと、確信し、今も、konohanaさんの中に、記憶があり、予感があるとのこと・・・・。
すごいです。
とても、おはなしに、感銘をうけました。

いつか、どのように、歌に詠まれるのでしょうか、
そのときを、その歌を、
私も、知ることが出来ますように、
ひそかに願っております。





「空中底辺」・・・、以前から、このことばにも、気になっていました。




Commented by つぼ at 2011-02-12 14:08 x
幼い頃、毎日蝶々を追いかけていたが、なかなか捕まらなかった。
花に留まったところをそっと近づいくのだが、どうしても気づかれて逃げてしまう。
そんなある日、いきなり私の指に蝶の羽がつままれていて、びっくりした。うれしかった。指が疲れたので、左手につまみ直したが、右手を見て、私はぞっとした。不気味な粉がついていたのだ。あっと思って、指を放した。須臾の間に蝶は飛び去って、光の中に消えてしまった。
その時の気持ち、安らかではないが、なんと表現していいかわからない。でも「美しい」という感覚に似ていなくもないと思う。
Commented by konohana-bunko at 2011-02-12 22:15
スザンさま ありがとうございます。何とか、形にしていきたいです。

kawasusonomiyaさま 些細な思い出の話を受け止めていただけてうれしいです。いつかご覧いただける日が来ますように!

つぼさま 鱗粉!(鱗粉は一度落ちたら、もう元に戻らない)と知った時、愕然としました。死なせてしまうことより翅を傷めることの方がむごたらしい気がしたのです。
Commented by ろこ at 2011-02-14 23:37 x
あとりさん、こんにちは。
 この一文、短い中に詩があり、歌があり物語があると思いました。歌もすばらしいですが、こうした文をもっと聞かせてください。
 
Commented by konohana-bunko at 2011-02-15 09:50
ろこさま そのように読んで下さる方がおられることが本当にうれしいです。ありがとうございます。精進します。
Commented by hirokototomi1 at 2011-02-16 13:21 x
すてきな、文章だなあとおもって、何回も読みました。
漠然、予感、希望、という単語がどしん、どしん、と光や雪のように心に降り注いできて、それはもうわたしの中で、その、予感、物語として記憶され生きはじめています。
歌を、どうか存分に詠まれますように!
刺激になり、羨ましくもあり。
Commented by konohana-bunko at 2011-02-16 19:09
hirokototomi1さま ありがとうございます。わたしもhirokoさんの文章を読んでいると、忘れていたことを思い出したり、こころのどこかが開いたりします。不思議ですね。ことばの力。
by konohana-bunko | 2011-02-11 14:28 | 空中底辺 | Comments(8)

何もないところを空といふのならわたしは洗ふ虹が顕つまで


by このはな文庫 十谷あとり
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