『戸塚閑吟集』  岡部桂一郎

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岡部桂一郎歌集『戸塚閑吟集』(不識書院/1988)より、以下引用。

ひとり行く北品川の狭き路地ほうせんか咲き世の中の事

まかげしてみる街道に荒れ果てし二階の商家首吊りの家

沈黙に縛りつけられたりしもの例えば歩む一匹の犬

天の川空にかかりて丈高き夾竹桃の花を暗くす

運動をはじめし独楽が定めなく静かに位置を移しつつあり

山里の畑に煙草の花咲けば家より出でて口笛を吹く

「花吹雪空に鯨を泳がせん」豪毅まぶしもよ遠き談林

まっすぐにわれをめざしてたどり来し釧路の葉書雨にぬれたり

きれいでしょう、ねえ見て見てと吾に咲くアラセイトウの花嫌いなり

谷戸の道まだ陽のたかく真鍮のラッパを吹けり豆腐屋が来て

いろいろないろいろなことありまして麦藁帽子の黒きリボンよ

ころがって行って止まった鉛筆が秋の灯下にふり返りけり

引き潮となりたる河口難儀してのぼる艀の夕暮れ五分

節分の豆撒く聞けば亡き数に入りし幼秋童女その声

書見台に紅絹の袱紗をかぶせたる江戸青楼図風に高く飛ぶ

少年の心は熱しうら若き母の手にもつウテナクリーム

淡彩の蔬菜譜かすか首あおき蕪をかきて蟻かたわらに

春来んと端やわらかにひるがえる紙を押えて鉄の文鎮

重々と坂のぼる音こもりつつ胴あらわれぬトラックの胴

岩国の一膳飯屋の扇風機まわりておるかわれは行かぬを

若ければジゴクノカマブタという花のつまらなく咲く春の畦道

写真機にかぶせて覗く繻子の切れ表の黒く裏の真っ赤さ

夕づく日差すや木立の家の中一脚の椅子かがやきにけり

のびやかに物干竿を売る声の煙のような伊勢物語

引用終わり。前にも読んだことがあるが、何度読んでも好きなものは好き。
ページをめくって、覚えている歌が出て来ると、なつかしい人とすれちがったような気持ちになる。
by konohana-bunko | 2011-04-15 09:24 | 読書雑感

何もないところを空といふのならわたしは洗ふ虹が顕つまで


by このはな文庫 十谷あとり