『戸塚閑吟集』 岡部桂一郎
2011年 04月 15日
ひとり行く北品川の狭き路地ほうせんか咲き世の中の事
まかげしてみる街道に荒れ果てし二階の商家首吊りの家
沈黙に縛りつけられたりしもの例えば歩む一匹の犬
天の川空にかかりて丈高き夾竹桃の花を暗くす
運動をはじめし独楽が定めなく静かに位置を移しつつあり
山里の畑に煙草の花咲けば家より出でて口笛を吹く
「花吹雪空に鯨を泳がせん」豪毅まぶしもよ遠き談林
まっすぐにわれをめざしてたどり来し釧路の葉書雨にぬれたり
きれいでしょう、ねえ見て見てと吾に咲くアラセイトウの花嫌いなり
谷戸の道まだ陽のたかく真鍮のラッパを吹けり豆腐屋が来て
いろいろないろいろなことありまして麦藁帽子の黒きリボンよ
ころがって行って止まった鉛筆が秋の灯下にふり返りけり
引き潮となりたる河口難儀してのぼる艀の夕暮れ五分
節分の豆撒く聞けば亡き数に入りし幼秋童女その声
書見台に紅絹の袱紗をかぶせたる江戸青楼図風に高く飛ぶ
少年の心は熱しうら若き母の手にもつウテナクリーム
淡彩の蔬菜譜かすか首あおき蕪をかきて蟻かたわらに
春来んと端やわらかにひるがえる紙を押えて鉄の文鎮
重々と坂のぼる音こもりつつ胴あらわれぬトラックの胴
岩国の一膳飯屋の扇風機まわりておるかわれは行かぬを
若ければジゴクノカマブタという花のつまらなく咲く春の畦道
写真機にかぶせて覗く繻子の切れ表の黒く裏の真っ赤さ
夕づく日差すや木立の家の中一脚の椅子かがやきにけり
のびやかに物干竿を売る声の煙のような伊勢物語
引用終わり。前にも読んだことがあるが、何度読んでも好きなものは好き。
ページをめくって、覚えている歌が出て来ると、なつかしい人とすれちがったような気持ちになる。