読書メモ 山田航歌集 『さよならバグ・チルドレン』
2013年 05月 29日
地球儀をまはせば雲のなき世界あらはなるまま昏れてゆくのか
掌のうへに熟れざる林檎投げ上げてまた掌にもどす木漏れ日のなか
よく懐く仔犬のやうに絡みつくつむじ風反時計回りの
放課後の窓の茜の中にゐてとろいめらいとまどろむきみは
てのひらをくすぐりながらぼくたちは渚辺といふ世界を歩む
りすんみい 齧りついたきりそのままの青林檎まだきらきらの歯型
水飲み場の蛇口をすべて上向きにしたまま空が濡れるのを待つ
つむじから風は螺旋に身をくだり足にはぼろぼろのコンバース
金曜九時。落ち合ふ場所は禁猟区。逢瀬と呼んで構ひはしない――
選択肢は三つ ポピーに水を遣る、猫を飼ふ、ぼくの恋人になる
たぶん親の収入超せない僕たちがペットボトルを補充してゆく
またの名を望郷魚わがてのひらの生命線を今夜ものぼる
嘘を吐くさまも愛しき少女より盗み来たれる緋のトゥ・シューズ
アヌビアス・ナナ水槽に揺れてゐて ナナ、ナナ、きみの残像がある
それでも僕は未来が好きさしんしんと雪降るゆふぐれの時計展
真つ白な闇なるものもあるらしく除雪夫の服ぴかぴか光る
進水式の朝の、涙が羽をもち南へ向かふ朝の、訪れ
ナインチェ・プラウス 横顔は無く本当にかなしいときは後ろを向くの
粉雪のひとつひとつが魚へと変はる濡れたる睫毛のうへで
*
(雑感メモ)
ジャケットは、白地に青の不規則な水玉柄。青みのある本に、偶然手許にあった青い付箋を貼りながら読んだ。読後抜き書きを作ろうと机の横に積んでから、長い時間が経ってしまった。写し書きをしながら付箋を剥がしていると、本がため息をついているように思えた。
若々しい歌が並んでいる。「金曜九時。落ち合ふ場所は禁猟区。逢瀬と呼んで構ひはしない――」という、いい意味で気恥ずかしい歌もあって、いいぞいいぞ第一歌集、と言いたくなる。口語混じりとはいえ、表現に危なげがなく、スムーズに歌の世界に浸って楽しめた。
あとがきの内容はやや予想外だった。山田さん、そうなの?あなた、こんなにそつなく歌が詠めて達意の文章が書ける人なのに?と。ホームランが打ちたかったとか、マリオネットのように操られたいとか……そういう「繰り言」というのは、自分を(もう少し、あるいはもっと?)思うさま操りたいのに操れない、その行き場のないもどかしさの裏返しなのだろうか。……そんな単純なものでもないのか。
*
写真、なんばパークスにて。