メロンパン

父ははじめて出会う他者として幼い私の目の前に現れた。外界から家という私の小宇宙に侵入しまた気まぐれに出て行く者。偶に話しかけられる内容は短い批評のようで、その意味を読み解くには私は幼すぎ、屡々混乱した。そういう意味であまり父親らしくはなかった。父親の演じ方を知らなかったのだろう。
何が言いたいのかというと、例えばメロンパンの食べ方。私がメロンパンを食べていると、父は必ず「豚みたいな食い方やな」と鼻で笑うのである。その度私は鼻白む思いがし、ではどう食べればよいのかと父の顔を見上げるのだが、父は笑うだけで何も教えてくれなかった――と、こういった些細な話である。
ロンパンを見ると時にこのことを思い出す。当時の父の齢を超え、私はいまだにメロンパンの正しい食べ方を知らない。しかしそれで困ったことも一度もなかった。私を事ある毎に豚になぞらえてからかう人も誰もいなくなった。私は食べたい時に好きなだけ心置きなくメロンパンを食べられるようになった。
by konohana-bunko | 2013-05-24 20:11 | 空中底辺 | Comments(0)

何もないところを空といふのならわたしは洗ふ虹が顕つまで


by このはな文庫 十谷あとり
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