風と樹木と鳥の声

グルッグー、ボッボー、グルッグー、ボッボー。朝、キジバトの声で目が覚める。ハトの声を馬鹿にしてはいけない。窓のすぐ外で鳴くと結構な音響である。キジバトは部屋の北側にあるヤマモモの木が好きなのだ。去年、キジバトはその木に巣を作った。ところが間が悪いことに抱卵している最中に剪定の時期が来て、枝ごと巣を取られてしまった。今年は木の近くの立体駐車場の中に巣を作ったらしい。うまく雛が孵ったかどうかは見ていない。
布団の中で耳だけ覚ましていると、他の鳥の声も聞こえてくる。スズメ。ヒヨドリ。ケリ。ケリがはげしく鳴いているのは、なわばりにしている畑の傍を、犬が散歩しているからかもしれない。時折、河原でキジも鳴く。これは美声とは言いがたい。鳴くというよりは、叫んでいるようである。

家を出て駅へ向かう途中、オオヨシキリの囀りが聞こえる。ギョギョシギョギョシ、ギョギョシシギョギョシシシ。あんな鳴き方、誰に習うたんやろナ、と夫が言う。わたしもそう思う。最近このあたりも池や草地が減ってきたのだが、どこで巣を作っているのか。
頭の上をツバメが飛んでいる。一回目の雛が巣立って、飛び交うツバメの姿が増えた。電線に止まっている巣立ち雛に、親が飛びながら餌を与えている。駅舎の巣には、二度目の卵を温めている親もいる。どこの親も、忙しそうである。
電車を乗り換え、次にバスに乗る。バスを降りて、職場へ向かう道々、ウグイスのカンタータを雨のように浴びる。だがこれは四月五月がピークだ。六月も今頃になるとさほどでもない、もう山の奥に行ってしまったのだろう。

この時期の何よりの楽しみは、ホトトギス。ホトトギスは家の周りにはいない。里山の麓にある職場ならではの耳のよろこびである。どちらかと言うと雨催いの、蒸し暑い日に聞くことが多い。姿は、見たことがない。
今年聞いたホトトギスは「テッペンカケタ、テッペン、カケタ」と鳴いていた。どうも、リズムがおかしい。末尾の一拍が足りない。「テッペンカケタカ」と鳴いてほしい。「テッペンカケタカ……テッペンカケタカ……」と繰り返しながら、だんだん音程と速度を下げていって、雨の中に消えていく歌であってほしいのだ。ホトトギスの方はもちろん、わたしの好みなど関知しない。精一杯自分の声で鳴くだけである。もちろん、それでいい。

声色遣三度娶りて別るるを慈悲心鳥の声のみ知らず  十谷あとり
by konohana-bunko | 2005-06-24 15:13 | 空中底辺 | Comments(0)

何もないところを空といふのならわたしは洗ふ虹が顕つまで


by このはな文庫 十谷あとり
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