『こころの旅』 神谷美恵子

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こころの旅 神谷美恵子 日本評論社(1974)

神谷美恵子については、名前だけは知っていたものの読んだことがなかった。今回この本で初めて出会った。
誕生期から死にいたるまでの人のこころの変遷をたどる、という1冊。テーマが大きいためにかなり枝葉を落とした概説となっている。先行者の引用が多いのでこの方面の本を読んでいない自分にはわかったようなわからないような、あるいは退屈なような気もしないでもなかった。ただどんな文章(新聞記事であろうが学術論文であろうが)を読む時も書き手のことばづかいが気になる読み手としては、神谷美恵子の語り口に感銘を受けた。湧き水のような文体だ。以下引用。

◆新生児ははじめ泣くことしかしない。これは泣く原因が多いというよりは苦しみの表現機構が発動されやすい状態で生まれてくるからだろうという意味のことをワロンはいう。生まれたばかりの子が自発的に示す感情が深いみじめさと苦痛であるという事実は、すべての人間に内在する「宇宙的メランコリー」または「世界苦」のあらわれである、とL・ウルフは自叙伝で述べている。少なくともほほえむこと、笑うことはあとから発達してくるという意味で、より高級な「業績」なのだろう。(p44)

◆どのような仕事、学問、業績を生きがいとしてきたにせよ、すべては時とともにその様相と意義が変わって行くものだ。自分のあとからくる世代によってすべてがひきつがれ、乗り越えられ、変貌させられて行く。その変貌の方向も必ずしも「進歩」とは決まっていない。分散か統合か、改善か変革か廃絶か、歴史の動向と人類の未来はだれが予見できるであろう。自分の過去の歩みの意味も自分はもとより、他人にもどうしてはっきりとわかることがあろう。その時その時を精一杯に生きてきたなら、自分の一生の意味の判断は人間よりも大きなものの手に委ねよう。こういうひろやかな気持になれれば自分の過去を意味づけようとして、やきもきすることも必要でなくなる。いたずらに過去をふりかえるよりは、現在まわりにいる若い人たちの人生に対して、エリクソンのいうような「執着のない関心」を持つこともできよう。彼らの自主性をなるべく尊重し、自分は自分で、生命のあるかぎり、自分にできること、なすべきことを新しい生きかたの中でやって行こう、という境地になるだろう。(p170)

◆地球上の生と死は互いに支え合う関係にある。生命の進化も、多くの生命の死の上に成り立っていることは明白である。おそらく生と死とは、さらに高い次元の世界で調和しているにちがいない。(p218-219)
by konohana-bunko | 2005-09-17 10:54 | 読書雑感 | Comments(0)

何もないところを空といふのならわたしは洗ふ虹が顕つまで


by このはな文庫 十谷あとり
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