『レポートの組み立て方』 木下是雄

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学生だった時から今に至るまで、「論文の書き方」系の本というものを、最後まで読み通したことがなかった。この一事をもってしても、いかに自分が学ばない学生だったかということがよくわかる。本を手に取ったことはある。図書館にもあったし書店でも見た。だが結局それらをきちんと読んで、書いてあることを実践してみることはなかった。なぜか。教えてもらうのが当たり前、習うてへんことはわからへん、そんな、今も昔も必ずいるこども根性(←造語)の学生だったからである。講義は休まず課題も忘れず、出席カードもきちんと書いたが、「自ら学ぶ」という姿勢になったことはついになかった。やっていた当時は自分は真面目にやっていると思い込んでいたが、今振り返ると肝心なことは何もわかっていなかったことに気付く。

さてこの『レポートの組み立て方』、売ろう(爆)と思って入手したのだが、あまりに内容がわかりやすく、無駄のないうつくしい科学系日本語文(←これも造語)にほれぼれしてしまったので、当分手許に置いておくことにした。学生の頃この本に出会っていたら、もうちっとこましなレポートが書けたかなァ。いやでも結局、面倒臭がって読まへんかったやろね。

以下引用。

◆事実の記述と意見とのちがいを詳述してきたが,事実と意見とを異質のものとして感じ分ける感覚をこどもの時から心の奥底に培っておくことが何より大切である.この感覚が抜けている人は,科学,あるいはひろく言って学問の道に進むことはむずかしい.また,この感覚のにぶい人はたやすくデマにまどわされる.(p29)

◆レポートでは心情的な要素は排除すべきなので,心情のつたえ方には深く立ち入らないが,私の考えでは,文学作品でも,読み手の心に強く迫るのはいわゆる心情的な表現ではなくて,精選された事実の叙述である.
 読む人に訴えるのに心情的,主観的なことばが無益だとは言わない.しかし,事実だけに語らせるのが最高の文章作法であろう.「事実に語らせる」には,無数の関連事実のなかから表現の核となるべき事実をえらびだして,するどい照明を当てなければならない.そういう事実を発掘する眼力を養うことが,文章修行の真髄であろう. 
Commented by たんべえ at 2005-09-28 13:42 x
私も、論文とか作文とか、書き方の本を何冊か、購入しましたが、一冊も読んでおりません。まとまった、まともな文章を書くのが、憧れだったりするのですが。「事実に語らせろ」メモしておきます。
Commented by konohana-bunko at 2005-10-04 20:22
たんべえさま
短歌でも同じことが言えるのでしょうか。淡々と事実だけ述べているのに、しみじみこころに沁みたり、妙に面白かったりする歌がありますね。
by konohana-bunko | 2005-09-27 18:18 | 読書雑感 | Comments(2)

何もないところを空といふのならわたしは洗ふ虹が顕つまで


by このはな文庫 十谷あとり
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