『添寝の悪夢 午睡の夢』 金井美恵子

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以前『KAWADE夢ムック 文藝別冊 [総特集]作家と猫』(2000/6)という本(写真上)で、金井美恵子のエッセイを初めて読んだ。書くことにいきづまった作家は何を書くことでしのぐか、というようなタイトルで、「〈おとうと〉でしのぐ人もいれば〈猫〉でしのぐ人もいる、〈猫〉でしのぐようになったら終わりだがわたしはまだ〈料理〉でしのぐところまではいっていない云々という短い話だった。これがおとうとの歌も詠めば猫の歌も詠む当方としては非常に面白く(苦笑)、またいつだったかナンダロウアヤシゲさんが日記で「金井美恵子は面白い」と書いていたことにも後押しされて、本書を手に取った次第。
しかしこれが思いがけず難読な本だった。書かれていることが古い(1976年初版)からではない。また、わたしの知らない本や演劇や美術の話が出てくるからでもない。文章自体が読みづらいのだ。

 ”世界中の少女のお友達”である赤毛のアンについて、世界中の少女と、かつて少女であった人人たちをむこうにまわしてまでも悪口を言う気にはなれないし、かつて、わたし自身がアンのお友達だったこともあることだし、ようするに、少女たちが、なぜ、『赤毛のアン』や『若草物語』を好きなのか、そして、これらの物語から、いかに深く甚大な良い影響を与えられてきたのか、良い影響、あるいは、昔の少女小説風の感化というものが、本当にあったのかどうかを考えてみよう。(p108「ありきたりの体験 赤毛のアン」)

これで1つの文なのだ。もちろんこんな長い文ばかりではないし、この文体にはとても魅力があることは認める(だから最後まで読めたのだ)が、読んでいて疲れるしはかどらないこと甚だしい。わたしとしては、この本の金井美恵子の文章は「面白いが決してお手本にしてはいけない悪文」に分類したいと思う。こんなに疲れたのは大江健三郎以来だな。

写真下、今朝の有明の月。
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by konohana-bunko | 2005-11-17 23:05 | 読書雑感 | Comments(0)

何もないところを空といふのならわたしは洗ふ虹が顕つまで


by このはな文庫 十谷あとり
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