『茶の本』 岡倉覚三

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高校在学中、学校でお茶を習ったことがある。
放課後、毎週水曜日、和室に先生が来ておけいこをして下さっていた。おけいこを受けるつもりで申し込みはしたものの、実は毎日、クラブの練習がある。どちらかと言うとクラブに行きたい。行かないと、他の部員の練習にも差し障る。さりとて、お茶にも魅力がある。そこで同じクラブの3人で謀って、お茶の先生が見える前に和室に行き、おけいこの準備をすると称してお湯をわかし、勝手にお茶を点てお菓子を食べて体育館へトンズラすることにした。…しかししまいに露見して、お茶の先生には大層叱られた。何のことはない、茶道ではなく頭の黒いネズミ道である。以来茶道には縁なく生きている。あと3回くらい生まれ変わっていま少しよい魂になったらまたおけいこを受けてみたいと思う。しかしあの放課後の和菓子は実においしかった。

上等な日本茶、おつかいもののお茶というと一保堂を連想する。一保堂の包装紙は『茶経』をデザインしたものである。この包装紙によって、わたしは『茶経』というものの存在を知った。『茶経』を読んだことはないがこの『茶の本』はすぐ読めた。この一冊はさしづめ岡倉天心の『茶経』であろう。以下引用。

茶道の要義は「不完全なもの」を崇拝するにある。いわゆる人生というこの不可解なもののうちに、何か可能なものを成就しようとするやさしい企てであるから。(p21)

考えてみれば、煎ずるところ人間享楽の茶碗は、いかにも狭いものではないか、いかにも早く涙であふれるではないか、無辺を求むる渇のとまらぬあまり、一息に飲み干されるではないか。してみれば、茶碗をいくらもてはやしたとてとがめだてには及ぶまい。人間はこれよりもまだまだ悪いことをした。酒の神バッカスを崇拝するのあまり、惜しげもなく奉納をし過ぎた。軍神マーズの血なまぐさい姿をさえも理想化した。してみれば、カメリヤの女皇に身をささげ、その祭壇から流れ出る暖かい同情の流れを、心ゆくばかり楽しんでもよいではないか。(p22)

翻訳は常に叛逆であって、明朝の一作家の言のごとく、よくいったところでただ錦の裏を見るに過ぎぬ。縦横の糸は皆あるが色彩、意匠の精妙は見られない。(p40)

現今、名人の気分を骨を折って研究する者が実に少ないのは、誠に歎かわしいことである。われわれは、手のつけようのない無知のために、この造作のない礼儀を尽くすことをいとう。こうして、眼前に広げられた美の饗応にもあずからないことがしばしばある。名人にはいつでもごちそうの用意があるが、われわれはただみずから味わう力がないために飢えている。(p65)

われわれの心に訴えるものは、伎倆というよりは精神であり、技術というよりも人物である。(p66)
by konohana-bunko | 2006-03-03 21:48 | 読書雑感 | Comments(0)

何もないところを空といふのならわたしは洗ふ虹が顕つまで


by このはな文庫 十谷あとり
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