『口語訳 古事記』[完全版] 三浦佑之

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Bookoffにて購入。単なる口語訳ではなく、語り部(お爺さん)の語りの文体で書かれているので、実に読みやすい。わたしは純粋に楽しむために読んだだけだが、くわしい注釈がついているので、学ぶために読む人にも役に立つと思う。実際、前の持ち主はかなり読み込んだらしく、鉛筆の書き込みが随所にあった。

以下引用。

オホクニヌシが、出雲の美保の岬にいました時じゃが、波の穂の上を、アメノカガミ船に乗っての、ヒムシの皮をそっくり剥いで、その剥いだ皮を衣に着て依り来る神があったのじゃ。オホクニヌシがその名を問うたのじゃが何も答えず、また、お伴の神たちに尋ねてみても、みな、「知りません」と申し上げるばかりじゃった。
それで困っておると、タニグクが進み出て、
「この方のことは、クエビコがかならずや知っておりましょう」と、そう言うたので、すぐさまクエビコを召し出しての、お尋ねになると、クエビコは、
「この方は、カムムスヒの御子、スクナビコナ様にちがいありません」と答えたのじゃ。(p77 神代篇 其の四)

そういえば、そのサルタビコじゃが、すこし間抜けなところのあるお方での、先払いにお仕えする前のこと、伊勢の国の阿耶訶(あざか)にいましたのじゃが、その時にの、漁りをしておって、ヒラブという貝に手を挟まれてしもうたのよ。それで溺れてしもうての、海の底にまで沈んでいった時の名をソコドクミタマと言い、海の水が逆巻いて泡立った時の名をツブタツミタマと言い、その泡が水面で弾け割れた時の名をアワサクミタマと言うのじゃ、と。(p102~103 神代篇 其の六)

引用終わり。

古事記を読んでいて親しみを感じるのは、何よりも地名である。飛鳥、大和三山はもとより、石上、三輪、宇陀の墨坂。日下江には中学生の頃住んでいた。登美(富雄)は職場のあるところ。

写真はミツバツツジ。この木の花がぽつり、ぽつり咲いているところは、雑木山が頬紅を差したようで、なまめかしい。
by konohana-bunko | 2006-04-17 22:32 | 読書雑感 | Comments(0)

何もないところを空といふのならわたしは洗ふ虹が顕つまで


by このはな文庫 十谷あとり
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