橘曙覧メモ(2)

  むすめ健女、今(こ)とし四歳になりにければ、やうやう物がたりなどして、たのもしきものに思へりしを、二月十二日より疱瘡(もがさ)をわづらひていとあつしくなりもてゆき、二十一日の暁みまかりたりける、歎きにしづみて

20 きのふまで 吾が衣手(ころもで)に とりすがり 父よ父よと いひてしものを (p33)

○直截な歌。この歌を読むたび、山崎放代の「わたくしが死んでしまえばわたくしの心の父はどうなるのだろう」、また山上憶良の「男子(をのこ)名は古日(ふるひ)を恋ふる歌三首」(万葉集巻5-904)を思い出す。肉親を喪う傷みは時代を経てもかわらない。大きすぎる悲しみは、彫らぬ木、磨かぬ石のようなことばでしか表しようがない。
by konohana-bunko | 2006-05-02 09:28 | 空中底辺 | Comments(0)

何もないところを空といふのならわたしは洗ふ虹が顕つまで


by このはな文庫 十谷あとり
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