『米朝ばなし 上方落語地図』 桂米朝

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落語はラジオで聴くものだった。ラジオは箪笥の上に乗っていた。夜、電気を消した部屋で、布団の上に寝転んで、薄暗い天井を眺めながら聴く。隣の部屋には蛍光灯が点いていて、母が洗濯物を畳んだりアイロンをかけたりしていた。母はいつも遅くまで起きていた。父はいつも遅くにしか帰ってこなかった。

半ばとろんと眠くなったところへ、こんな話を聞くわけですよ。以下引用。

「近ごろ新身(あらみ)の刀を手に入れた」侍が、朋輩に自慢をする。「なるほど、これは無銘ながら逸品と心得ますが、切れ味は?」「さ、犬猫を切るわけにも参らず、まだ試しておらん」「よきことをお知らせ申そうか。じつはそれがしも先日、新身の一刀を手に入れた。夜前、夜更けに日本橋を通りかかると、橋のたもとに乞食(こつじき)のたぐいが筵をかぶって旨寝(うまい、熟睡)をしておる。これ究竟(くっきょう、最も好都合)の試しものと心得て“こりゃ、寝耳ながらよくうけたまわれ。その方、生きて甲斐ある命ならばかかる殺生は致さぬが、生きて甲斐なき生涯、身どもの刀にかかって相果てい。亡きあとの回向は、手厚く致してとらす”と、心中に念仏を唱えて、抜き打ちに斬り捨てて帰りました」
「なるほど、乞食のたぐいとあらば、詮議もさほど厳しゅうはござるまい。昨夜、人が殺されたのを知らぬ者が、また寝ておるかもしれません。しからば出掛けてみましょう」
――夜中、その侍がやってくると、また橋のたもとに乞食が一人寝ている。
「夜前、殺されたというのに、また寝ているとは、よくよく命冥加のないヤツじゃ。亡きあとの回向は厚くしてとらすぞ。観念せい!ナムアミダブツ!」
ザーッと斬りつけると、パーッと筵をはねのけた乞食が、
「どいつや、毎晩どつきに来るのは!」

引用終わり。
このはなみ★録のこのはなさんが、子育て幽霊の話について触れておられた。上方落語にも高台寺を舞台にした「幽霊飴」という噺がある、と『米朝ばなし』に載っている。例の、女の人の幽霊が、赤子を育てようと飴屋に飴を買いに来る…というあれ。「番町皿屋敷」はよう覚えてるけど、「幽霊飴」は記憶にないなあ。再び引用。

掘ってみると、お腹に子供を宿したまま死んだ女の人の墓です。中で子供が生まれ、母親の一念でアメを買うてきて、それで子供を育てていた。子供が生きているので、アメ屋の主人が引き取り、養育します。のちにこれが高台寺の坊さんになります。
母親の一念で、一文銭を持ってアメを買うてきて、子供を育てていた。それもそのはず、場所が「コオダイジ(子を大事=高台寺)」

引用終わり。写真、もちいどの商店街にて。
Commented by このはな at 2006-06-22 22:56 x
過去記事をご紹介くださり、ありがとうございます。幽霊飴のお店の前には、米朝さんが落語でもこの噺をされているという紹介記事が貼ってあります。私も落語は知りませんでした。ストーリーテリングの方たちもご存知でなくあまり知られていないようですね。「コオダイジ(子を大事=高台寺)」というのは聞いたことあります。話が先か、お寺が先かはわかりませんが。
米朝落語全集1巻は何度か借りて読みました。(桃太郎を調べていたんです)落語絵本ってのも結構あるんですが、やっぱり上方でんなぁ。米朝さんは、いまだ枯れなくてツヤツヤな魅力がおありですね。
Commented by konohana-bunko at 2006-06-24 21:41
ストーリーテリング、一度だけ拝聴したことがあります。「本なし」の語り、最初は頼りないような気がしたのですが、どうしてどうして。ものすごく集中して物語の世界に入ってしまったのでした。あれはいいものですね。
by konohana-bunko | 2006-06-20 22:51 | 読書雑感 | Comments(2)

何もないところを空といふのならわたしは洗ふ虹が顕つまで


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