『西東三鬼集』  朝日文庫

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  水枕ガバリと寒い海がある

  秋の暮大魚の骨を海が引く

という俳句があることは、何となく知っていた。ただ西東三鬼という人のことは何も知らなかった。
この本には俳句の他に「神戸」「続神戸」という短編小説集が収録されている。俳人の小説ってどんなんやろ?と読み出したら、これがまた、俳句よりも(失礼)滅法面白い。昭和十七年、何やら事情をかかえた作者=主人公が東京から神戸に逃れて来るところから話は始まる。舞台はトーアロード沿いにある奇妙なホテル。

以下引用。

その窓の下には、三日に一度位、不思議な狂人が現れた。見たところ長身の普通のルンペンだが、彼は気に入りの場所に来ると、寒風が吹きまくっている時でも、身の廻りの物を全部脱ぎ捨て、六尺褌一本の姿となって腕を組み、天を仰いで棒立ちとなり、左の踵を軸として、そのままの位置で小刻みに身体を廻転し始める。生きた独楽のように、グルグルグルグルと彼は廻転する。天を仰いだ彼の眼と、窓から見下ろす私の眼が合うと、彼は「今日は」と挨拶した。
私は彼に、何故そのようにグルグル廻転するのかと訊いてみた。「こうすると乱れた心が静まるのです」と彼の答は大変物静かであった。寒くはないかと訊くと「熱いからだを冷ますのです」という。つまり彼は、私達もそうしたい事を唯一人実行しているのであった。彼は時々「あんたもここへ下りて来てやってみませんか」と礼儀正しく勧誘してくれたが、私はあいかわらず、窓に頬杖をついたままであった。
彼が二十分位も回転運動を試みて、静かに襤褸をまとって立ち去った後は、ヨハネの去った荒野の趣であった。それから二年後には、彼の気に入りの場所に、天から無数の火の玉が降り、数万の市民が裸にされて、キリキリ舞をしたのである。

引用終わり。今後もし誰かに「好きな俳人は?」と尋ねられたら、「サンキイ、サンキイ」と答えてみたい。
by konohana-bunko | 2006-08-21 20:15 | 読書雑感 | Comments(0)

何もないところを空といふのならわたしは洗ふ虹が顕つまで


by このはな文庫 十谷あとり
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