『檸檬・ある心の風景』  梶井基次郎

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新潮文庫の『檸檬』は、高校時代からずっと手許に置いてある数少ない本のうちの一冊。今回はリサイクル書店で旺文社文庫版が手に入ったので再読。

以下引用。

今、空は悲しいまで晴れていた。そしてその下に町は甍を並べていた。
白亜の小学校。土蔵作りの銀行。寺の屋根。そしてそこここ、西洋菓子の間に詰めてあるカンナ屑めいて、緑色の植物が家々の間から萌え出ている。ある家の裏には芭蕉の葉が垂れている。糸杉の巻きあがった葉も見える。重ね綿のような恰好に刈られた松も見える。みな黝(くろず)んだ下葉と新しい若葉で、いいふうな緑色の容積を造っている。
遠くに赤いポストが見える。
乳母車なんとかと白くペンキで書いた屋根が見える。
日をうけて赤い切地を張った張物板が、小さく屋根瓦の間に見える。――(p17-18 「城のある町にて」)

引用終わり。「檸檬」はもちろん素晴らしいが、個人的には「城のある町にて」の静謐さが一番好きだ。上に引用したところから始まるくだりは、日本語の宝石だと思う。夏の終わりに、寝っ転がって団扇を使いながら梶井基次郎を読む、ぜいたく。

新潮文庫の『檸檬』についている淀野隆三のパセティックな解説も、わたしはどうしようもなく好きなのだけれど、旺文社文庫に載っていた、平林英子の「思い出は遥かに」という解説もとても面白かった。あんまり面白かったので、日本の古本屋で平林英子の『青空の人たち』を買ってしまった。(^^;)
『青空の人たち』については、また日をあらためて。
Commented by つぼ at 2006-08-27 21:36 x
梶井基次郎では「桜の樹の下には屍体が埋まっている」これが強烈でした。
Commented by konohana-bunko at 2006-08-28 21:17
あれは確かにキツい文章ですね。満開の桜というものが、彼には刺激が強すぎたのではないでしょうか。
by konohana-bunko | 2006-08-26 21:20 | 読書雑感 | Comments(2)

何もないところを空といふのならわたしは洗ふ虹が顕つまで


by このはな文庫 十谷あとり
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