『連句のたのしみ』 高橋順子

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これは天地書房のなんば店(地下の方のお店)で購入。この日はもう1冊、別の連句の本と、岡部伊都子の本が買えてうれしかった。

連句(歌仙)やってみたいなあ、と思う。それも、そこそこに式目のしばりがあるもの。あまりがちがちもしんどいけれど、ある程度枠があった方が、面白そう。

以下引用。

平成五年、長吉四十八歳、順子四十九歳の秋、東京千駄木の袋小路の奥に借家を見つけ、まず長吉が移り、一週間後に順子が移り住み、入籍を済ませた。猫の額ほどの庭に紅葉の木があって、隣家の庭や路地に枝を広げていた。この木がたった一つ明るみをもたらしている陰気な家であった。偏屈な夫と、物好きな妻がそれゆえに気に入った家でもあった。(p129)

あ、と思った。ぼんやりしていて気が付かなかったのだが著者は車谷長吉の奥さんだったのだ。上の文章は、車谷長吉と著者の新婚旅行の折に2人で巻いた両吟歌仙「八雲立つの巻」の導入部分。結びの部分は、以下の通り。

歌仙をいっしょに巻いてみると、その人がどういう人であるのか、如実に知れるところがある。自分の連れ合いのことは分かったほうがいいのか、分からないままのほうがいいのか。この歌仙を巻いて、もとを言えば赤の他人であった男と女の中に、詩の言葉によって、はじめて魂の交流の時が流れたような気がする。長吉には苦行僧のごとく、自分を痛めつけたかなり長い期間があって、その結果、「泥の粥をすすって生きて来た」という思いが消えないらしく、絶望が皮膚のようになってしまっているところがある。それでもそこから時々這い上がって、可笑しなことを言ったりするのは、彼の中に何かを信じる心が消えずに残っていて、それが発現するからであろう。私のしてきた苦労は車谷からみれば物の数ではないが、それすら身につかない私は楽天家のお調子者である。(p142)


水洗ふ川瀬の芹や根は痩せて  長吉

   大気のひまにてふてふ生るる  泣魚

  ……

泥の舟崩れしあとは水鏡  泣魚

   隠岐への海路オリオン座見る  長吉

        (いもつま両吟歌仙「八雲立つの巻」より抄出。泣魚は著者の俳号。)

連句は一部だけで鑑賞するものではないとしても、この付け合いはとてもうつくしいと思う。何か、連句がどうこうと言う以前に、人と人との間にこういう出会いがあって、ほんまに、よかったなあ……と、全然違うところでしみじみしてしまった。
by konohana-bunko | 2007-03-17 23:24 | 読書雑感 | Comments(0)

何もないところを空といふのならわたしは洗ふ虹が顕つまで


by このはな文庫 十谷あとり
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