『ミジンコ道楽 その哲学と実践』  坂田明

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昔NHKの「日本つり紀行」を見て、著者が広島の海辺で育ったことを知った。実家の塀の外側が海で、物置にあるお祖父さんの竹竿を引っ張り出して釣りをしていたのだった。
坂田明がミジンコにくわしいというのも、その番組で知った気がする。

さてこの『ミジンコ道楽』、冒頭からいきなり、どぼんと海にはまったように引き込まれた。何しろタイリクバラタナゴを飼う話から始まるのである。以下引用。

僕の家の庭には大小の水槽が並んでいる。
その中には、タイリクバラタナゴ、ヤリタナゴ、タナゴ、シロヒレタビラといったタナゴ類にモツゴ、フナ、メダカ、ヒメダカといった淡水魚がいる。
以前には金魚、鯉、アメリカザリガニ、ドジョウ、トウキョウサンショウウオなどもいたからにぎやかであった。
その上にミジンコ飼育用の水槽(40リットルの漬物用プラスチック桶)やら水槽代用品の容れ物が並んでいる。そこにシェパードがいっしょになって暮らしている。グチャグチャである。
シェパードが尻尾を振っただけで直径60センチメートルの水槽が割れたことは何度もある。ガックリとなる。しかし、そんなところへ犬をつなぐ奴がバカだ。(p18)

魚飼いの家がありありと目に浮かぶ。著者は金魚の産卵が始まると水槽の前から離れられなくなる。再び引用。

翌日になると、またバシャバシャだ。メスの腹のウロコはボロボロになっている。再び遠野のワラ縄を切ってほぐしてワラ束を作って水槽に入れる。
「お父さん、もう練習しないと遅れるよ、いつまでやってんの」
家の中から嫁はんに怒鳴られて、ハッと眼が覚める。ここがバンドマンの泣き処である。
演奏前にはウォーム・アップなどいろいろ準備がある。サックスやクラリネットはその日に使うリードを選んでおかないといかん。そのためには練習は欠かせない。
金魚の産卵を世話したり、見学して「わー!凄い、やったあ」とか呆けている場合ではない。
「うーん、わかった」
そう返事しながら、なんの因果だろうなあとガックリきていると、
「もう三時過ぎたよ」
それを聞くと、いきなり頭は楽隊一色に染まり、ババッと庭を片付ける、ダダダッと玄関にゴム長脱ぎ捨てると、
「いつまで魚やってんのよォ」
トドメの一発がくる。
「分かってるよ」
「いつもそうやって遅れるんじゃないの」
これはどういうことでしょうか。(p31-32)

「であった」「だ」「ですます」が入り混じる妙な文体なのだが、勢いがあって、面白い。飼っていた魚が卵を産み、それが孵化して稚魚が出てくる。その稚魚に餌を与えるため、ミジンコが必要となった。これがそもそもの、ミジンコを飼い始めるきっかけだったという。以下は、自宅の顕微鏡で初めて、生きて動いているミジンコを見るシーン。

「おい、見てみろ、ミジンコだぞ」
家の中でなんかやってる女房を呼び、これを見なけりゃ話にならんぞという気持で見せた。
「ん!?これがミジンコなの」
「ほうよ、凄いじゃろ」
「なんかノミみたいじゃねぇ」
「ん!?ほうか!?上の方で透明な袋みたいなんがパクパクしょうろうが」
「うん」
「あれが心臓じゃわい」
「へー、心臓があるんね」
「あるんよ」
「こような小まいもんでも」(p73)

引用終わり。何やら絵本のテキストのようなユーモアである。

大事なミジンコをかわいがっているタナゴの餌にやってしまうこと。中学生の時大事に飼った牛を出荷して、胸を引き裂かれるほどつらい思いをしても、スキヤキとなれば嬉しくてごはんを三杯もお代わりすること。「いったい、愛とは何だ。」愛は傲慢だ。人間に必要なのは、森羅万象に対する感謝だ。ミジンコを通して、オレはそう考えた。と、坂田明は言うのである。
Commented by うんぽ at 2007-05-01 08:18 x
以前から坂田さんのミジンコには興味を持っていました。これは、買って読みます、
Commented by おやめいけ at 2007-05-01 23:05 x
昔、日高敏隆さんと坂田明さんの対談「ミジンコの都合」を読んだのを
思い出しましたが内容はすっかり忘れております。

Commented by konohana-bunko at 2007-05-03 22:16
うんぽさま 面白かったです。これはおすすめです。
おやめいけさま ミジンコ話が盛り上がりそうな組み合わせですね。
Commented by かねちょも at 2007-05-05 13:54 x
うわー面白い!!
うちの父、広島人なんですよ。会話の調子、ありありと目に浮かびました。
読みたい!!
Commented by toti51 at 2007-05-06 10:56
ミジンコの話でしたので、おもわずコメント入れさせていただきます。
わたくしも、随分前にテレビで坂田さんがミジンコの話をされていたのを
聞いてからミジンコの世界にどっぷりつかっております。
この言葉は安易に使いたくはない言葉なのですが、まさに癒されるという
表現を使いたくなります。水中をぴコピコ移動する様子を観察していると
時の経つのを忘れます。 なにがおもしろいのかわからんくらい、なぜか
面白いんです、ミジンコが・・・ミジンコに開眼させてくれた坂田さんに感謝です。  (sumusuさんとこから、回ってきました、よろしく)
Commented by konohana-bunko at 2007-05-06 21:29
かねちょもさま うちは母方が広島ですョ(^^)v

toti51さま blog拝見、何てすてきなお庭でしょう。金魚の稚魚を「まつげみたい」と書かれていて感心いたしました。こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします。
by konohana-bunko | 2007-04-30 22:09 | 読書雑感 | Comments(6)

何もないところを空といふのならわたしは洗ふ虹が顕つまで


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