『受胎告知』  串田孫一

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いきなり以下引用。



一年ほど前にこんな詩を作った。そしてそれに「午前の陽射」という題をつけた。

僕は左膝が痛んで
繃帯をうんと巻いてゐた
みんなが遠足へ行つたことを
羨ましいとは思はなかつたが
その日フランス人の校長さんは
湿気臭い校長室へ僕を呼びつけ
キリストのついてゐるカードをくれて言ふ
センセイノコヱハカミノコヱデス
ワカリマスデスネ
そんなこと分りつこない
僕は逃げ出したくなる
校長さんの目にも鼻にも
血管がいつぱいだ
葡萄酒を呑みすぎるんだ
びつこを引きながらでも
遠足へ行けばよかつたと思ふ
ちんまりした午前の陽射は
僕を助けてはくれやしない
デスカラシンジナクテハナリマセン
誰もゐない学校だ
雀が遊んでゐた

この拙い詩は別段、特別の説明をしなくとも分る筈だが、私はその頃、フランス人が校長をしている中学校にいて、蹴球の試合をしている最中に左膝を痛め、びっこを引きながら学校へ通い、長いあいだ体操も出来ず、運動場にいても仲間がいろんなことをして遊んでいるのを見物していた。遠足にも行くことが出来なかった訳だが、前の日にそのことを校長室へ断りに行った。すると校長さんは、遠足に欠席することは許してくれたが、遠足の代りに学校へ来るように命じた。誰もいない学校へ来て何をさせるつもりなのだろうと思っていると、校長さんは私を閉め込んで、キリスト教の教えをさんざん聞かせ、信仰者にさせようとしたのである。
校長室というのは赤煉瓦の建物の中央にあって、あまり陽があたらず、窓のあたりに三角に射し込んでいるだけで陰気な部屋だった。いろいろなものがごちゃごちゃに置いてあったが、壁にくくりつけた書棚の柱に、キリストの磔刑像がかかっていて、校長さんはそれを背にして、さかんに私を誘惑した。
キリストという人は大層慈悲深い人で、こんな時には必ず私の方の味方になってくれる筈だのに一向に駄目で、木製の十字架にはりつけになって、銀色に光って痩せているばかりだった。

(『受胎告知』 串田孫一 筑摩書房 1955年 p178-181)



写真、雨のフィレンツェの薔薇。
by konohana-bunko | 2007-06-07 22:15 | 読書雑感 | Comments(0)

何もないところを空といふのならわたしは洗ふ虹が顕つまで


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