『貧困旅行記』  つげ義春  晶文社(1991)

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フジケイ堂もちいどの店にて。ここのお店に行く時は、階段の入口から顔を横向けにすべし。この日はこのつげ義春と『チョコレートの本』を買った。

漫画ではなくエッセイなので、どうなのかな?と思いながら読み始めたが、結構面白い。漫画の地の文と文体が寸分違わない。ただ、著者の旅行記だから、漫画ほど虚構の世界ではない。

以下引用。

私は自分の好きなことは趣味にとどめているだけでは物足りず、何でも商売にしたくなる性分で、旅が好きだから「旅屋」を考えてみたり、さんぽが好きなので「さんぽ家」になろうと思ったりエスカレートするのだが、「旅屋」も「さんぽ家」も収入にはならない。(p147 丹沢の鉱泉)

そして1985年、妻子を伴った著者が奥多摩の山道を下るシーン。

半分ほど下った所で、道端の屋台でコーラやジュースを売っている若者がいた。こんな人の通らぬ淋しい山中で商売になるのだろうか。四、五メートル過ぎてからちょっと気の毒に思え、桶の水に冷してあるジュースを三本買った。おそらく資金もなく、茶店などの並ぶ場所に構えることもできないのだろう。それにしても、重いジュースをかついでここまで登ってくるのは大変なことだ。歩きながらそれを話題にした。「ああいう人こそ文無しのゼロから身をおこして、将来は偉くなるのだヨ」と、私は正助(引用者注:小学校四年生の息子)に聞かせた。自分のことを思えば、教訓じみた話など私はしたことはないのだた、つい口走ったりした。
「あの人ほんとうにお金ないの?」
「そうだよ、だからああして努力しているんだヨ」
「お金がなかったらオツリはどうするの?」
全然話が通じない。(p62 奥多摩貧困行)

写真、植物屋「風草木」さん。
by konohana-bunko | 2007-06-19 22:03 | 読書雑感 | Comments(0)

何もないところを空といふのならわたしは洗ふ虹が顕つまで


by このはな文庫 十谷あとり
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