『私自身のための俳句入門』  高橋睦郎  新潮新書

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2ページに1ヶ所は「ほお!」と思うところがあって、その都度付箋を付けていたら本が七夕の笹のようになってしまった。こんなに付箋を付けまくったらどこがほんまに重要なところなのかさっぱりわからん。もともと、具体的な歌/句があっての批評は好きだけれど、難しい理屈(抽象度の高い理論)は、苦手。最後についている「付録 私の俳句修業」というところが一番面白かったりする。

以下引用。

《俳句が俳句として生き残る道は中心を季に置き、季の本質をさぐりつづけることにしかない。そんなところに自分の創意を活かす場はないと思うなら、その人はついに俳句には不要の人だ。いや、ことは俳句にとどまらない。詩にとってもまた不要の人なのだ。
大切なのは詩であって詩人ではない。そして、そのことにおいて俳句ほど徹底した詩はない。俳句の前に自分の創意などという卑小なものを無にする覚悟のできた人に、俳句は比類ない贈物を与える。》
(p193 「遊びはルールから」より)

《私の俳句修行といっても、私にだけ特別なきっかけがあったわけではない。書きはじめは誰にもお決まりの小学生時代の宿題だろう。もっともその時の処女作?はきれいさっぱり忘れていて、糸長君といった同級生の怪作群をなぜか詳細に覚えている。

夏が来る海水浴に行きますが
夏が来る山のぼりにも行きますが
夏が来るとんぼをとりに行きますが
夏が来るちょうちょもとりに行きますが
夏が来るさかなもつりに行きますが

ついでにいっておくと、この場合の「が」は私の育った北九州地方では逆接の助詞ではなく、「よ」よりもうすこし強い感動の助詞といったところだろうか。糸長君としては苦しまぎれの連作だろうが、私としては一種コンセプチュアルな面白さを感じたればこそ憶えているのだろう。》
(p202 「私の俳句修業」より)

写真、ブッドレアの蜜を吸うクロアゲハ。
Commented by keiichi at 2007-07-11 03:29 x
こちらでははじめまして。

この本、わたしもかなりおもしろがって読んだ記憶があります。いまは諸事情で手元にはないんですが、読み返したい俳句関連書籍のひとつですね。
Commented by sakura-blend at 2007-07-11 06:20
クロアゲハ、シルエットが切り絵のようですね。
しおりにしてみてはいかが?
Commented by つぼ at 2007-07-11 20:09 x
我が庭に花を咲かせしさるすべり
これ私の小学校の俳句。文語じゃん。「し」は過去だから云々とAさんに怒られるかしらん。糸長君のほうがいいなぁ。

俳句入門、読んでみたいかな。
Commented by つぼ at 2007-07-11 22:44 x
たまねぎの写真も猫のも、この蝶もみんな好きだ。
私の感覚では(ほんの少し)下の部分をカットすると、蝶に焦点が合うような気がするけど、どうでしょう。
Commented by konohana-bunko at 2007-07-13 21:56
keiichiさま 連句の本もそうですが、時間を置いて読み返すとまた発見がありそうですね。
sakura-blendさま それは思いつきませんでした。何かに使ってみましょうか。
つぼさま 玉葱、色目が油絵みたいだなと思って撮りました。
写真はトリミングに頼らず、撮る時にちゃんと構図をキメないといつまでもうまくならんのでは……と……反省。
by konohana-bunko | 2007-07-10 22:27 | 読書雑感 | Comments(5)

何もないところを空といふのならわたしは洗ふ虹が顕つまで


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