どんぐり

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職場で掃除をしていて、前触れなく「どんぐり」のことを思い出した。寺田寅彦の随筆の「どんぐり」。家に帰って読み返してみたら、これはちょうど今頃の季節、年末年始をはさんだ冬の話だった。

十九歳の厄年に妊娠した妻が年末に喀血をする。妻は寝付いたまま正月を迎え、家のことも滞りがちで、主人公である夫は気をもむ。病状がやや回復したため、久し振りに夫婦で外出することに。妻の支度が遅れて一悶着するも、何とか無事に出掛けた植物園の一角で、妻はこどもに戻ったように無邪気にどんぐりを拾う。大きなお腹をかがめて。

《どんぐりを拾って喜んだ妻も今はない。お墓の土には苔の花がなんべんか咲いた。山にはどんぐりも落ちれば、鵯の鳴く音に落ち葉が降る。ことしの二月、あけて六つになる忘れ形見のみつ坊をつれて、この植物園へ遊びに来て、昔ながらのどんぐりを拾わせた。こんな些細な事にまで、遺伝というようなものがあるものだか、みつ坊は非常におもしろがった。五つ六つ拾うごとに、息をはずませて余のそばへ飛んで来て、余の帽子の中へひろげたハンケチへ投げ込む。だんだん得物の増して行くのをのぞき込んで、頬を赤くしてうれしそうな溶けそうな顔をする。争われぬ母の面影がこの無邪気な顔のどこかのすみからチラリとのぞいて、うすれかかった昔の記憶を呼び返す。》(寺田寅彦随筆集 第一巻 岩波文庫 p10)

このあとの《「おとうさん、大きなどんぐり、こいも/\/\/\/\みんな大きなどんぐり」》というくだりで、鼻の奥が痛くなってしまうのであります。

写真、興福寺にて。
by konohana-bunko | 2007-12-28 22:42 | 読書雑感 | Comments(0)

何もないところを空といふのならわたしは洗ふ虹が顕つまで


by このはな文庫 十谷あとり
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