『木香薔薇』  花山多佳子

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奈良公園で見た大道芸人。林檎にご注目。

歌の結句が「なり」で終わっている歌を見ると(ここはどうしても「なり」やなかったらあかんの?)と立ち止まって考えてしまう。また、「……のやうなり」という表現があると(「……のごとし」て、ピシっとシメたらええのに!)と思ってしまう。
助動詞にはそれぞれ意味と働きがある。それを踏まえて作者は表現したいことに適した助動詞を選択していく。その結果そこに「なり」が置かれているわけだけれど、どうも、結句の「なり」にはなじめないことが多い。
たまに歌の終わりにある「なり」に安易な音数合わせの匂いを感じることがある。そのせいで、「なり」があまり好きになれないのかもしれない。
単なる『キテレツ大百科』の見過ぎだろうか。
「なり」が悪いわけではない。使い方がよろしくないのだ。
ちょっと「なり」のことが気の毒になってきた。



花山多佳子歌集『木香薔薇』より。

エレベーターとまちがへわが家の呼びリンを押す人がゐる年に二、三度

紙マッチ擦るつかのまを確かなる火のひびきあり火の匂ひあり

仰向けのウルトラマンが十数体あけぼの山の骨董市に

マリオネットの獅子の眠れる息づきにマリオネットの蝶が寄りゆく

湯の中に芋殻黒くふくらむを「もどる」と言ふか、もどりはせぬを

見のかぎりの水田なりしか夜のバスは霞目(かすみのめ)すぎ遠見塚すぐ

やや傾ぐ鏡の中に大いなる傾きとして夜の障子は
Commented by at 2008-04-11 23:30 x
紙マッチ擦るつかのまを確かなり火のひびきあり火の匂ひあり

これは、「確かなる」じゃないかなぁ。
「確かなる火のひびきあり」でないと、おかしいと思うけど。
Commented by 亮月 at 2008-04-11 23:50 x
見のかぎりの水田なりしか夜のバスは霞目(かすみのめ)すぎ遠見塚すぐ

わお、これは仙台に花山さんがいらしたときの歌でしょうね!
霞目は飛行場のあるところ、遠見塚には古墳があり、わたしのゼミの教授がお住まいの土地です。
そして、仙台空港は見渡す限りの水田の中にある『日本一安全な空港」と呼ばれております。

地名の力って、大きいですねえ。特に地元民には深く響く気がします。
Commented by konohana-bunko at 2008-04-12 13:29
祥さま ありがとうございます!打ち間違い、訂正いたしました。

亮月さま 仙台だったのですか。ありがとうございます。どこともわからないまま、夢の中にあるようなうつくしい地名だなと思って読んでいました。
by konohana-bunko | 2008-04-11 20:55 | 読書雑感 | Comments(3)

何もないところを空といふのならわたしは洗ふ虹が顕つまで


by このはな文庫 十谷あとり
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