『芭蕉の狂』  玉城徹

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書き留めておきたいことをいくつか抱えたまま、日ばかりが過ぎる。追いつかない。書かないうちに忘れてしまうかもしれない。間に合わなければ、忘れてもいいことなのかもしれない。

5月に読んだ『芭蕉の狂』より、以下引用。

いったい、わたしのような無学なものでも、曲りなりにも、『源氏物語』が読めたり、芭蕉が読めるような気になったりするのは、これまで沢山の読み手たちが、ただ読みに読んできた、その恩恵にほかならないのである。〈読む〉ということそれ自体が価値であり、それはそれ自体の固有の歴史をもつと言ってもよいか。〈読む〉ことを、他の何らかの目的――実作とか教養とか――のための手段と考えるのは、いささか浅間しいことではないのか。ひたすら読むところに、人間としての品性が成り立つ。『冬の日』巻頭の歌仙「こがらしの巻」は、わたしにとっては忘れがたいものである。丁度中学に入ったばかりの頃であった。父にむかって、東京へ出た折に何ぞ俳句の本を一冊買って貰えまいかと願ったのであった。翌日の夕方、父がわたしに与えたのは、岩波文庫の伊藤松宇校訂の『芭蕉七部集』一冊であった。今から考えると笑い出さずにはいられない。
それ以前に、芥川などによって、芭蕉の句の二つ三つは知っていたように記憶する。そんなものとは、全く別の、何か手のつけようのない混沌たる存在が眼の前にあった。連句が何たるかの知識の持ち合わせもない。それどころではない。子供だから、和文には濁点を打たないのが普通だということも知らないのである。もっとも滑稽なのは「人はちんばか」などというのを、は、「ちんはか」(引用者註:「」内に傍点)とは何かなどと考えたりもしたことである。今考えて、心から有難く思うのは、その本に何の注釈も施してなかったことである。
そのうちに学校の図書館に通って――教育関係者に一言するが、中学生から大学生まで同じ図書館を利用できるというのは、大変意味のあることですよ――漱石門流を中心とする『芭蕉俳諧研究』、その「続」をも発見して、わたしは耽読した。謎がどんどん解けるのが、じつに嬉しい感じがした。近頃、それが復刊されたようだが、もう再びあれを読む気にはならないのである。それほどたっぷり、わたしは、その何冊かの恩恵にあずかったのである。
「こがらしの巻」からわたしは芭蕉にとりついた。いや、とりつかれたのであった。こんなことは、個人的な無駄口にすぎないだろう。わたしにとっては、なかなか大切な経験だが、殊更人に語るほどのものでもあるまい。ただ、先人の「読み」というものが、どれだけ蒙を撃ってくれるか、それを思うと感慨無量なのである。
「こがらしの巻」は、芭蕉の連句の中でも、もっとも成功したものではあるまいか。何も、あれが、芭蕉連句中、最高級だとか、深い境地に達したものだとか言おうとしているのではない。若書きと言ってよいであろう。そこに何とも言えぬ魅力があって、少年のわたしは、ちんぷんかんぷんながら、この巻を捨てずに読みつづけたのであった。
その魅力の第一は、比類のない統一感にあるだろう。芭蕉の連句でも、これほど、独自の美的方向性を貫いている「作品」はめずらしい。もう一つは、何とも言えぬ色気があることである。どんな統一感か、どんな色気かと問われると、そう簡単に答えることは出来そうにない。
今になって、わたしは『冬の日』から芭蕉に入って行ったことに、ある幸福を感じている。変な注など付いていない松宇の『七部集』は、少年にとって最善のテクストブックであった。(p155-157)

また、別の章から引用。

一般的な意味でいう個人的(パーソナル)な感動などという考え方は、それ自体一つのイデオロギーに過ぎないだろう。昔、詩人の吉田一穂(いっすい)さんが、わたしに難問をふっかけた。
――君、イデオロギーは何て訳すか知ってるか。
「観念形態」なんて言ったって笑われるのは分かっているから、わたしは素直にあやまった。
――根性(こんじょう)って訳すんだ。
わたしは少し悟るところがあった。
人間誰しもパーソナルな感動があって、そこから詩が生れるなどというブルジョワ根性のお伽話。そんなものではなかろう。芸術というものは、もっと根本的な幻想に関る仕事なのである。たわいもない感動によって、そこに達することが出来るくらいなら、猫も杓子も芸術家になれるだろう。
幻想を精密に組織できるのは、芸術家の心の熱度と圧力とだけである。それが、さまざまな記憶と感覚と配置の判断と知識との束を統御してゆくのである。(p198)
by konohana-bunko | 2008-08-04 21:56 | 読書雑感

何もないところを空といふのならわたしは洗ふ虹が顕つまで


by このはな文庫 十谷あとり