歓喜踴躍

夕方のこと。
窓の外でぶぶぶぶ、という音がする。虫の羽音のようだが、何の虫かわからない。カナブンでもなく、ハチでもなく……扇風機の羽根に何かが当たっているような音。
気になって、ベランダに出てブッドレアの木を見てみた。ぶんぶんいう奴が来るとしたらこの木しかない。

この家に越して来た時、庭にチョウがたくさん来たら楽しかろうと思って、ミカンか、サンショウか、あれこれ迷った末、ブッドレアを植えたのだった。
ブッドレアはフジフサウツギ、バタフライブッシュともいう。特定の昆虫の食草ではないが、蜜源植物となる。タキイ種苗の通信販売で、1,000円くらいだったと思う。
春から夏にかけてよく伸び、夏の間、三つまたに分かれた枝先に次々と紫の房状の花をつける。ねらい通り、チョウがよく来る。アゲハも、ツマグロヒョウモンも、イチモンジセセリも来る。スカシバの仲間や、カナブンもやって来る。

初秋の夕方は、スカシバやイチモンジセセリの活動時間だ。しかし、イチモンジセセリは羽音をたてない。スカシバは、そばに行けば「ぶーん」とハチに似たうなりを聞くことができるが、家の中まで聞こえるような音ではない。
音は断続的にしている。いた。見つけた。花が揺れている。オオスカシバだ。
オオスカシバは花房に体をくっつけたまま、はげしく右の翅を動かしている。羽掻くたび、羽が花に当たって、ぶぶぶぶと大きな音がする。しかし、飛べない。スカシバの左の翅と胴体を、オオカマキリの脚ががっちり押さえ込んでいるからだ。カマキリは頭を下、腹を天に向け、葉っぱになりきって大きな獲物を待ち受けていたのだ。
花房が風に揺れる。カマキリは離さない。もう、スカシバの丸々とした胴体に顎を立てている。
しかしスカシバは羽たたきをやめない。タックルを受けたラガーのように、カマキリに抱きつかれたまま、少しずつ花の上を移動してゆく。よく見ると、口吻が小刻みに、小さな花のひとつひとつを探っている。スカシバはカマキリに食われながら、花の蜜を吸っていたのだった。
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二十分ほど経ってから見に行ったら、カマキリはスカシバの触角を口にくわえてかじっていた。爪楊枝を使っているように見えた。
日が暮れる。月が明るくなる。
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by konohana-bunko | 2008-09-10 18:59 | 日乗

何もないところを空といふのならわたしは洗ふ虹が顕つまで


by このはな文庫 十谷あとり