中城ふみ子 浜田到
2008年 10月 10日
中城ふみ子 『乳房喪失』抄より
出奔せし夫が住みゐるてふ四国目とづれば不思議に美しき島よ
母を軸に子の駆けめぐる原の昼木の芽は近き林より匂ふ
絵本に示す駱駝の瘤を子が問へば母はかなしむその瘤のこと
冬の皺よせゐる海よ今少し生きて己れの無惨を見むか
砕氷をとほく棄てにゆく馬車とならびて青の信号を待つ
子が忘れゆきしピストル夜ふかきテーブルの上に母を狙へり
公園の黒き樹に子らが鈴なりに乗りておうおうと吠えゐる夕べ
浜田到 『架橋』抄より
さはやかなランプに翳す雪の夜のこの手の匂ひ誰のものか知らず
ちひさき灯、生の表面(おもて)へのぞかせつ秋おもむろに果実店熟る
哀しみは極まりの果て安息に入ると封筒のなかほの明し
天道虫に晴曇の斑(ふ) みづからを攀づるが如くきたりて中年
水族館に灯が点りをり医者の耳に人生まれ人死にやまず
天井薔薇色に焚火の男生(あ)るるとき深夜校舎に使丁を愛す
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引用終わり。中城ふみ子(1922-1954)のことはみなさんご存知かと思う。浜田到(1918-1968)の名前は(恥ずかしながら)今回この本ではじめて知った。アメリカ生まれ、医師で、往診の帰路、自動車事故で亡くなったとある。