空ヲ洗フ日々 十谷あとり
2024-02-22T22:23:05+09:00
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何もないところを空といふのならわたしは洗ふ虹が顕つまで
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最近読んでいる本 『明石海人全歌集』 内田守人編
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2024-02-22T22:23:00+09:00
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読書雑感
『明石海人全歌集』内田守人編 短歌新聞選書 短歌新聞社(1978)
明石海人という名前は、以前から聞き覚えていたけれど、ようやく今になって読むことができた。
もっと若い、感受性がやわらかかった(かもしれない)時期に読んだ方がよかっただろうか。
でも
出会う時が来なければ出会えないし
出会った時が自分にとって読むのに一番よい時なのだろう。
『明石海人全歌集』より、以下引用。
・七寶の太花がめのあをき肌夕かげりくるしづけさを冷ゆ
・音たてて螇蚸(はたはた)ひとつ飛びにけりあれぢののぎくおどろがなかを
あれぢののぎく に 傍点あり
・井戸端の梅の古木に干されたる飯櫃(おひつ)も見ゆれわが家の寫眞に
――写っているものが卑近であるほど、つらさがありありとたちのぼって伝わってくる。
・萌えいづる榁の白芽に降る雨は匂ひあたらし音(ね)のあかりつつ
――音までも目に捉えられたような、あるいは見えているものと聞こえているものが二重奏をしているような。
・ひとしきり跳ぶや海豚のひかりつつ朝は凪ぎたるまんまるの海
・蒼空の澄みきはまれる晝日なか光れ光れと玻璃戸をみがく
・蒼空のこんなにあをい倖をみんな跣足で跳びだせ跳びだせ
――この三首大好きだ。明澄な世界、生きようとする力の横溢。
・いつしかと我に似かよふ木の椅子の今朝はふてぶてと我を見据ゑぬ
――ふてぶてと がよいと思う。
・夕づけばしづむ遠樹の蟬の聲なにもかもしつくして死にゆくはよけむ
・ちひさなる抽斗あまたぬき竝べあれやこれやに思ひかかはる
――この歌好き。「思ひかかはる」がいい。
・海鳥はいまだ遊ばず朝潟にねむる小蛸は人にとられぬ
・ひやびやと霧をふふみて明けそむる蘇鉄に遠き発動船(ポンポン)のおと
――日日、海を見ていたのだろうか。瀬戸内の海を。
・ひたすらに待ちてかぼそき日もありぬほぐせば青き花芽ながらに
・活栓に堰きとめられし水勢のあてどもあらぬ我が忿(いか)りなり
・甘藍は鉛のごとく葉をたれぬ暮れてひさしき土のほてりに
・硝子戸はぴしんと閉まりつかの間をひろがり消えるむなしさに澄む
・夕づけば七堂伽藍灯りつつさくらひと山目をあけてねむる
甘藍の歌がとてもよいと思った。鉛の鈍い照り、重さ、土に残る日の熱。
後半、口語調だったり字余りを厭わず詠んだ歌もあった。
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最近読んでいる本 『石本隆一全歌集』
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2024-02-11T22:58:00+09:00
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読書雑感
永田先生はよく「本を読みなさい」と言っておいでだったが、何を読めとまでは言われなかった。自分で考えて、選んで、自分で学ぶ他はない。そんな中めずらしく「あとりはこれを読んでおいた方がいい」と明確に勧められたのがこの本だった。気になる歌をノートに写しながら読んでいたら、読み始めから1年8か月経っていた。
*
『石本隆一全歌集』 短歌研究社(2016)より、以下引用。
・石擲たばぴしりと割れん冬空の青さの下にわがからだあり
・水耕のサフランの芽は青みたり掌にとるこれはひとつのいのち
・ゴムまりを水に漬けむとせしときの抗いに似る眠らむとして
・めぐらせるわが垣のうちこのとしも蟇(ひき)いできたり媚ぶることなく
・風のなか椋鳥収めおえたれば欅の一樹いちはやく闇
・風化せでかなしきものは葬列を守る石獣の跪く列
・渾身の訣れをひとはするものかかなしみは常あとより育つ
・水馬(みずすまし)ひとつ来て搏つ水の膜ふかく撓みておれど破れず
・六千の鶴のねむりを地に見よと冬満月の引きあげらるる
・欠けつれど手振り見えつつ並びゆく踊る埴輪の喜びは何
・目黒不動裏の山辺に落ち葉積みぬくとくありつ昆陽の墓
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最近読んでいる本 歌集『海と空のあいだに』 石牟礼道子
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2024-01-06T23:25:00+09:00
2024-01-06T23:25:06+09:00
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読書雑感
石牟礼道子歌集『海と山のあいだに』 葦書房(1989)
半年ほど前、図書館で石牟礼道子の全詩集を見つけたので借りて読んでみた。
その続きで、歌集も読みたくなった。
以下、心に響いた歌を引用。
友が憶えてゐてくれし十七のころの歌
ひとりごと数なき紙にいひあまりまたとじるらむ白き手帖を
ときにふと心澄ませばわが胸に燃ゆる火ありて浄き音立つ
かたぶいたトロッコの上にやつとこさ道生がのぼつたオーイと手を振る
坂を下る道生のあとをころころと山の小石がついて下るも
歌話会に行きたきばかり家事万端心がけてなほ釈然とせず
おほらかに生きゐよといふ強き声あたたかく欲し肩のあたりに
歌を詠む妻をめとれる夫の瞳に途惑ひ見ゆれわれやめがたし
無恰好な馬鈴薯をくりくりむき揃ゆるこの従順にしばらく和む
あたたかい冬の夜ふけに起き出して倖せな言葉をいつぱい書けり
焼き藁の奥に残れる燠赤し田の中の道よぎらむときに
まがり角よりくる人間をなつかしむなべてあざやかな悪相の類も
反らしたるてのひら仏像に似つ前の世より来しわがふかき飢餓
めしひたる少女がとりおとす鉄の鍋沈めば指を流るる冬の川
「道生」は息子さんの名前。
引用はしないが、若い時に自殺を図った時の歌なども、生々しいくらい率直に詠まれていた。
巻末に「あらあら覚え」と題した、著者と短歌の関わりについての文章がある。地方に暮らす、決して裕福ではない一介の主婦が、歌会に参加したいという願いを持った時、周囲はどう反応したか、制約のある環境の中でそれらをどう叶えていったかを辿ることができる。この振り返りの文章だけをとっても、この一冊を読んでよかったなと思った。
戦後食べてゆくために化粧品の行商を試してみたものの一向うまくいかずやめてしまった時、友人から言われたことば。
〈やっぱりあんたは、田んぼ道ば一人で、蝋燭の芯の灯っとるごつして、歩きよるとが似合うばい〉
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最近読んでいる本 『歌人番外列伝 異色歌人逍遥』 塩川治子
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2023-11-10T22:00:00+09:00
2023-11-10T22:00:49+09:00
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読書雑感
『歌人番外列伝 異色歌人逍遥』 塩川治子 短歌研究社(2020年)
あとがきに、〈専門歌人でない人で、他分野で特に名が知られている人々を取り上げている〉〈番外の番外として死刑囚なども入っている〉〈取り上げる人の条件のひとつに歌集を出していること〉と書かれている。
短歌(和歌)のアンソロジーとして、楽しみながら読んだ。
付箋をつけた歌を引用してみる。
・我が夢の一つ一つを負はすべくあまたの生命(いのち)欲しと思へり 鶴見和子
・菊の影大きく映る日の縁に猫がゆめみる人になりしゆめ 片山廣子
・人に打たれひとを打ちえぬ性(さが)もちて父がうからは滅びむとする 片山廣子
・川にゆく路を電車にてよぎるとき夕光(ゆふかげ)敷ける土うつくしき 小林昇
・坂を下る道生のあとをころころと山の小石がついて下るも 石牟礼道子
・歌を詠む妻をめとれる夫の瞳に途惑ひ見ゆれわれやめがたし 石牟礼道子
・「人を人とも思はぬやうな、かたむきの性を、そなたは持てり」とや母。 大熊信行
・かなしきは、発作のごとく、にはかなる願なりけり、本が買ひたし。 大熊信行
・せとものゝひゞわれのごとくほそえだは淋しく白きそらをわかちぬ 宮沢賢治
・なまこ山海ぼうず山のうしろにて薄明穹のくらき水色 宮沢賢治
・うつせみの世は夢なれや桜花咲きては散りぬあはれいつまで 源実朝
・六つのみちをちこち迷ふともがらはわが父ぞかし母ぞかし 道元
・世の中にまことの人やなかるらん限りも見えぬ大空の色 道元
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最近読んでいる本 岡部桂一郎の歌集二冊
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2023-09-10T23:05:00+09:00
2023-09-10T23:05:49+09:00
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読書雑感
歌集『緑の墓』岡部桂一郎 (昭和31年/1956)
数條のレール光れる暁の薄明のなか紙ひとつとぶ
黄昏に入らんとぞしてほてりたる歩道をぬらす数分の雨
遠天に夕やけ雲の消えしとき骸炭の山を転落する骸炭
空気銃持てる少年があらわれて疲れて沈む夕日を狙う
ここにある阿呆の一生(ひとよ)埋まりて夜毎の月と朝朝の霜
音もなくうねれる夜の水の上に壜ただよいて星々は目守(まも)る
荷車に轢(ひ)かれて砂利のつぶるる音めざめて間なき世界より来る
白磁器のふちが机上にかがやける輪とのみなりし夜を放心す
日の沈み終わりし空は匂いつつガラスの鉢に透く赤き魚
砂の上に濡れしひとでが乾きゆく佛陀もいまだ生れざりし世よ
おとずれの如くわが身をさしにくる夜ごとの縞蚊、天(あめ)の星々
瞬間にあいし二つの手のひらより命死にたる蚊が落ちてくる
鋪装路を数かぎりなく枯葉越ゆ赤き葉まじりおれども枯葉
昏れがたの歩道の上に音もなく白き紙きれ舞いてしずまる
(一部、旧字を新字に変更しています)
歌集『坂』 岡部桂一郎 青磁社 (2014)
人の世のわれを選びてかたわらのざくろはあかき口をあけたり
この空の深い青さはなんだろうもっと嘆けということなのか
いきいきと大根畑さわだちて風を連れたる犬が過ぎたり
父母よわが死ぬときに現われて立ち給うなよ覗き込むなよ
かすかなることと思うな月のぼる東の空のほほえむものを
大根の畑に来たり腕組みし無用の人は大根を見る
墓地工事人の働くかたわらに毛布かぶりて待つ石一基
影が前に人がうしろにいるような歌つくりたしわが出来ざらん
かすかなる風は路上の紙きれをなぐさみながら連れてゆきたり
大いなる鋼の板の宙吊りに上りてたわむとき鰯雲
ナイル河岸(きし)に摘みしというミント繁れる鉢のそばに寝ころぶ
原稿の枡目の中にかなしめる「それまで」の文字「それから」にする
第一歌集の『緑の墓』の中でも、遺歌集の『坂』の中でも、路上を舞う紙片の歌があることに気付いてうれしくなった。心に掛かるモチーフがあれば、何年経っても、何度詠んでもいいのだと思えて。同じ泉から、幾度でも汲めばいいのだ。その都度、あたらしい水を飲めるのだ。
「影が前に人がうしろにいるような歌」とはどのような歌なのだろう。わかりそうでわからないこの歌にいたく心を惹かれる。
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最近読んでいる本 歌集『イーハトーブの数式』 大西久美子
http://konohanas.exblog.jp/33045349/
2023-07-18T14:13:00+09:00
2023-07-18T14:13:39+09:00
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読書雑感
大西久美子 歌集『イーハトーブの数式』 書肆侃侃房 2015年
以下引用。
・にんげんの瞼が剥がれてゆくやうな桜吹雪のまんなかにゐる
・ジャポニカのマス目ノートを埋めつくす「あ」は朝の「あ」だ。「あ」「あ」、花が咲く
・ちゆうしんがひえきつてゐるかたゆでのたまごをよるのキッチンに剝く
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最近読んでいる本 歌集『太占』 金子国俊
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2023-07-17T14:33:00+09:00
2023-07-18T14:58:21+09:00
2023-07-18T14:58:21+09:00
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読書雑感
金子国俊 歌集 『太占』 不識書院 1981年 うた叢書第一篇
自分にとって大切な本。好きな歌を引こうにも選びすぎてしまうので、今回は三首だけ引用する。
・砂を空けし後水平にもどりゆく空しき底に目は留まりぬ
・スヰッチの紐のありかをさがすとてしばしただよふごとくありたり
・夜のひかり吸ひて厨に生き生きとせる椅子ひとつ呟くごとし
あとがきより
〈歌を作って来て私の得たものは、現実を生きる姿勢の変化である。それは、その前から比べれば、やわらかく、そして強くなっているように思う。私にとって歌は、自分の生を確かなものにする為の、概念を払いのけた借り物ではない目や心で、現実を発見しようとするたたかいであるとも思うのである。〉
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最近読んでいる本 杉山隆遺稿集『人間は秋に生まれた』
http://konohanas.exblog.jp/32967332/
2023-05-06T23:01:00+09:00
2023-05-06T23:01:45+09:00
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読書雑感
杉山隆 遺稿集 『人間は秋に生まれた』 株式会社東京美術
日本の古本屋サイト経由で、宇都宮市の古書店から購入。奥付のところに、「杉山浩氏より受贈」と、日付が書いてあり、その日付が発行日の数日後となっている。浩氏は著者の父上だろうか。
心に響いた歌を七首引用。
・「屋根の家のサワン」を聞きし古ラジオ静かな秋の文化の日なり
・初夏の林に深くいりしとき扉のごとく光おり来つ
・塵あげて坂上りくる風の中ときをり光り紙切れの舞ふ
・夜に開くノオトに黒き影を曳き吾が部屋を飛ぶひとつ蛾のあり
・教室に乱雑にある黒き椅子が夕日射すとき骨のごとく見ゆ
・黒揚羽光りつつ飛ぶ夕庭に羊歯の葉の影乱れあひたり
・歌会より帰りてゆくに夜の河に激しく水の責めあふ音す
カバーにも、表紙の型押しにも、羊歯がデザインされている。最初に手に取ったときはあまり気に留めなかったその羊歯のモチーフが、読み終わって本を閉じるとき、胸をじわじわとしめつけてきた。
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最近読んでいる本 歌集『蓮喰ひ人の日記』 黒瀬珂瀾
http://konohanas.exblog.jp/32921449/
2023-03-14T23:00:00+09:00
2023-03-14T23:00:11+09:00
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読書雑感
読み終わった本をしばらく寝かせておいて、ふたたび開くと、付箋がたくさん貼ってあって不思議な感じがする。
黒瀬珂瀾 歌集 『蓮喰ひ人の日記』 短歌研究社 (2015年)より、以下引用。
オフィーリアの指を離れて沈み初め続くる芥子のあかあかと夜
紅きベレーを被れるごときポストかな時に漱石の愚痴を呑みたり
この夏に一枚の葉を加へたる児よいつまでも飲み乾せ父母を
明日へわれらを送る時間の手を想ふ寝台に児をそつと降ろせば
眠りたる頬に浮かびし児の笑みのやうに去りゆく秋のひと日は
われら国を離りて――吾妹、汝が水に触るるとき静かなり寒の獅子
妻と児があれば吾など誰でもいいひかりを諾ひ生きゆかむかな
引用終わり。本当は「日記」なので、一首一首に日付があり、詞書がある。詞書そのものにもたくさん付箋を貼っていた。
歌集というよりは、小説を読むような、スリリングな読書だった。
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最近読んでいる本 木下こう歌集『体温と雨』(私家版)
http://konohanas.exblog.jp/32867466/
2023-01-12T20:32:00+09:00
2023-01-12T20:32:49+09:00
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konohana-bunko
読書雑感
犬と街灯さまで購入。
読み通して感じたことは、繊細さ。こういう歌を詠むひとは、浮世を生きるのが苦しいのではないかしらと思えてしまう。歌を読む上では、それは余計なお世話かもしれないけれど……。
好きだと思ったところは、丁寧にことばを扱っているところ。感覚をよくあらわしているひらがなの表記。
以下、こころが立ち止まった歌を引用する。
・店先のくびふり人形たちの首みんなゆらいで いいね やはらか
・サンダルの釦をとめる指先のちひさき響き 海に行きたし
・首飾りはづしてのちのくびすぢは昼の硝子のやうにさみしい
・ポケットを裏がへすやうにあなたからゆめのはなしを始めてください
・ヒースなど異国の花の匂ひして古き箪笥の抽斗はよき
・ふちのある写真のなかに笑みし母 みぎてとひだりてわたしにまいて
・手と手には体温と雨 往来にさみしくひかるいくつかの傘
・うつむきて小さきボタンをはめてゆく うみの小石の転(まろ)びおもふよ
・オルゴールはよわい雨ですとぢるときちひさな角(つの)をねぢふせるのです
・こなごなになつた塗料をベンチからデニムに移すよろこびながら
ブックデザインはとみいえひろこさん。カバーの手ざわりや本文の文字のたたずまいも歌の世界によく合っていた。
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最近読んでいる本 『昨日の世界』 シュテファン・ツヴァイク
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2022-10-30T22:05:00+09:00
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読書雑感
『昨日の世界』Ⅰ・Ⅱ シュテファン・ツヴァイク 原田義人訳 みすずライブラリー みすず書房
本を読んでいて、その中で引用されていることばに惹かれ、引用元の本を探して読み……と、芋づる式に新しい本に当たってゆくのが好きだ。この本のことは、自分としてはめずらしく、一首の歌で知った。高橋慎哉さんの
・がら空きの車両の隅で読んでゐたカバー黄ばみし『昨日の世界』
(うた新聞2021年12月号[師走作品集]「マイーザの歌」五首より)
という歌が、それだ。
前半三分の一ほどは、第一次世界大戦前、硬直と言っていいほど安定したウィーンに生まれた著者が、文学に目覚め、大学に入ってからはパリ、ヨーロッパ各地を経めぐり、さまざまな人物と出会い、あれを書きこれを書き……という自伝が語られる。それはまるで、若い一本の樹が、ヨーロッパという豊かな世界から思う存分養分を吸い上げて巨樹に育ってゆく物語のようでもある。そして彼が五十歳を迎え、いよいよ成熟してゆこうとする時、ヨーロッパは暗転し、第一次世界大戦、第二次世界大戦の無惨さの中になだれ込んでゆく。熱心なユダヤ教徒でもない、ただユダヤ系であったというだけの人たちが、どれほど惨い運命に見舞われたか、著者は書く。彼自身もユダヤ系の、よきウィーン市民であり、同時に優れたヨーロッパ人であった。
同時進行で再読していた本の中に
〈ナチズムの成立から崩壊までの十年を、プリンストン滞在時をふくむトーマス・マンの日記でたどってみると、はじめは喜劇的なアヤフヤさのものが、ついには西欧を地獄にする軍剣の制度となる過程が浮かびあがる。〉(大江健三郎『言い難き嘆きもて』「共通の言葉を作ること」より)
という文章があった。ツヴァイクのこの本でもまさしくこのようなことが語られている。
以下、わずかながら、引用する。
そして、今日、まだ自己の道をよく知っていない若い作家に忠告を与えるとすれば、私は、まず相当偉大な作品に対して叙述者か翻訳者として使えるように説得しようとするであろう。あらゆる自己献身的な奉仕のうちには、初心者にとって、自分が創ることのうちにある以上の確実さがある。そして、人が時に没入してなすことは、けっしてやって無駄であるということがないのである。(Ⅰ p187-188 「生の万象」より)
私がロマン・ロランを時を失することなく発見したのは、偶然であった。一人のロシア人の女流彫刻家が、自分の作品を見せ、また私をモデルにして素描を試みるために、私をお茶に招待したのである。彼女がロシア人であり、ロシア人の常として時間とか約束の時間の正確さとかいうものの彼方にあるということを忘れていたので、正確に約束の四時に訪ねた。私が聞いたところによると、すでに彼女の母親の乳母だったという置いた婆さん(バブシュカ)が、私をアトリエに導き入れた。そこでは最も絵画的な要素をなしているのは、その無秩序ぶりであった。老婆は私に待つように乞うた。全体で四つの小さな彫像があちこちに立っているだけなので、私は二分間でそれらを見終わった。そこで私は、時を空しく失わないように、一冊の本、というよりもその辺に散らばっていた数冊の褐色の雑誌を手にした。それらは『カイエ・ド・ラ・キャンゼーヌ』という名であり、私はパリですでにこの誌名を聞いたことがあったのを思い出した。しかし誰が、この国に入り乱れて、短命な理想主義的な花として浮び出たかと思うとまた消えてしまう小雑誌を、いちいち追いかけることができたであろうか。私はそのロマン・ロランの『ジャン・クリストフ』の第一巻「暁」の頁をめくり、読み始めたが、だんだん驚きと興味とに引き入れられていった。ドイツをこんなによく知っているフランス人はどんな人間であろう。まもなく私は、あの立派なロシア婦人が時間にルーズであることに、感謝していた。ついに彼女が近づいて来たとき、私の最初の質問は「このロマン・ロランというのはどういう人ですか」ということであった。彼女はくわしく教えてくれることはできなかった。(Ⅰ p297-298 「ヨーロッパの輝きと影」より)
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最近読んでいる本 大口玲子歌集 『ひたかみ』『トリサンナイタ』
http://konohanas.exblog.jp/32790073/
2022-10-20T21:52:00+09:00
2022-10-20T21:52:47+09:00
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konohana-bunko
読書雑感
歌集『ひたかみ』 大口玲子 雁書館 (2005)歌集『トリサンナイタ』 大口玲子 角川短歌叢書 (2012)
以下、心に触れてきた歌を引く。
『ひたかみ』より
五時の鐘やさしく鳴りて夕暮はやさしきもの、やさしきもののはず
人形浄瑠璃の舞台に見をり近世のサラダなき世の野菜泥棒
毒のない方を選んでくださいとりんごの赤と黄が並べらる
夕立の過ぎて夕暮 紙で手を切るやうにわれは言いあやまてり
ベルギーのビール注がれてふくふくと笑ひのやうな泡立つる冬
おが屑の中から選び卵買ひし少女時代も卵のやうな
犬だけがわれの誘ひを断らずいそいそと来る夜の遊歩道
『トリサンナイタ』より
戦争は『ノンちゃん雲に乗る』の本の最後の方に少し出てくる
人の名を決して叫ばぬ吾のかはりに絞らるるごと鯨鳴きをり
風は木を圧(お)してゆくなり定禅寺通りのけやき圧されて笑ふ
夕暮は団栗の国へ帰りたがるわが子すんすんと鼻を鳴らして
一時間六百円で子を預け火星の庭で本が読みたし
冬瓜のスープ、モロヘイヤのスープ、冷たい豆のスープ、秋立つ
ひねもすを母たらむとし躓きぬ子の投げ捨てし本に積み木に
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最近読んでいる本 『定義集』 大江健三郎
http://konohanas.exblog.jp/32783078/
2022-10-13T16:20:00+09:00
2022-10-13T16:20:28+09:00
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読書雑感
ことばの抜き書きをもとに思索を深めるという方法があるのだなと思う。
以下、付箋を貼ったところを引用してみる。
・エドワード・サイードの「意志的な楽観主義」という晩年の信条に、学ぼうとしている
・《あなたの欠点は忍耐のないことで、エネルギー不足ではありません。もし、忍耐もエネルギーもあるならば、書き直しをもっと続けなくてはなりません。》(フラナリー・オコナーのことばより)
・「いのちのあるあいだは、正気でいないけん。おまえたちにゃーことあるごとに狂った号令を出すやつらと正面から向き合ういう務めがまだのこっとるんじゃけえ」(井上ひさし『少年口伝隊一九四五』より)
以下の二つは著者自身のことば。
・世界を覆っている市場原理の大波は純文学のマーケットにも及び、新人の成功には次の新人の成功が期待される。永続きする仕事を準備させる態勢ではありません。生き延びるには、多様な抵抗力をつけておく必要があります。
・私が書庫に籠って来し方行く末を思った後、なんとか回復に向かうのは、自分は若い時から天才的な知己を得た、それは幸いだったと考えてのことです。かれらはみな、子供の心性を持ち続けながら強く深く成熟してゆく人たちでした。
unlearn 学びほぐす
bricolage 器用仕事
こんなことばがあるんだ。忘れないようにこれも書いておく。
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最近読んでいる本 小坂恵 歌集『砂糖の鎧』
http://konohanas.exblog.jp/32783050/
2022-10-13T15:46:00+09:00
2022-10-13T15:46:04+09:00
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読書雑感
歌集『砂糖の鎧』 小坂恵 本阿弥書店(2009年刊)
再読。今いいな、好きだなと思う歌を引く。
・「行く我にとどまる汝に秋二つ」母上、ちょっと旅に出てくる
・心にも鎧着せよう棘々の金平糖のように砂糖で
・ふくふく と心の中に唱うれば何やら温きもの満ち来る
・ぴしぴしと雨粒はわが頬を打つ優しき雨に久しく遇わず
・意志なくも足は花屋へ目は花へ手はフリージアを取り上げていた
・開ききり花片反らすチューリップまだその先を見たくて捨てず
・ひとりでも大丈夫です、ええ少し蒼ざめたまま立っていましょう
・アボカドを買う度は母は種を採り水に浸して芽の出るを待つ
・切子屋の実演の前で足止める 従順に削られる硝子よ
・どことなく身体が動きたがる時背筋を伸ばし息吐いてみる
あとがきに「風刺や滑稽を詠めればいいな、と思いながら歌を作り始め、」とある。社会詠と呼ぶと大げさで、そういうのではないと思うが、著者が社会を、世間世相を観察して感じたことを詠んだ歌が好きだ。
永田先生の跋文に、大切なことがいくつも書いてある。そうだ、そうだったそうだった、と読み返す。あたりまえで大事なことを、歌会のたびに何度でも話して下さっていたのだとあらためて思う。
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最近読んでいる本 寺田透『枕草子』
http://konohanas.exblog.jp/32778526/
2022-10-08T21:40:00+09:00
2022-11-10T17:13:51+09:00
2022-10-08T21:40:58+09:00
konohana-bunko
読書雑感
『枕草子』 古典を読む12 寺田透 岩波書店
大江健三郎が『道元和尚広録』を読んで考えたことをどこかで書いていたのを読んで、寺田透という人がいると知ったのだった。(どの文章だったのか、また調べなくてはならない。)『道元和尚広録』は必ず読みたいと思っているのだがまだ出会えていない。それ以外の本をいくつか、図書館で借りて読んだ。今年の春頃のこと。
『遷易不尽』
『ことばと文体』
『平安時代の物語』
『詩的なるもの』
『詩のありか』
その後『和泉式部』を、これは買って、読もうとしたらこれがどうにも歯が立たず(おそらく自分はまだ和泉式部の歌を理解する段階に至っていないのだ)、読みかけて断念してしまった。代わりにというわけではないがこれなら読み通せるかと思って手にしたのが今回の『枕草子』。読書会形式の文章で、こちらは頁を繰るのが楽しかった。
文中に引用されていた一九九段の一部。
九月つごもり、十月のころ、空うち曇りて風のいとさわがしく吹きて、黄なる葉どものほろほろとこぼれ落つる、いとあはれなり。
2022年11月10日追記
大江健三郎の『言い難き嘆きもて』(講談社)所収、「武満徹のエラボレーション」より以下引用。
私は『道元和尚廣録』という本を読んでおりました。たまたま、――須(かな)らず雪の曲に和すべし、という一行を見つけて、これを武満さんに話そう、と思ったのです。寺田透さんが、《雪は音をたてない静かなものだが、それと合奏できるようでなくてはならない》と訳していられました。
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