カテゴリ:読書雑感( 263 )

『汀暮抄』 大辻隆弘

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大辻隆弘第七歌集『汀暮抄』より、以下引用。



人あらぬ屋上階にのぼりきて銀杏の錐の全貌を見る

窓の辺に逆さに立てむとするときに清く鳴りたる牛乳の壜

つくづくと歌の読めない女かなびらびらと赤き付箋を貼りて

漂転暮帰愁ふといへる詩句ひとつわが同年の杜甫の嘆きに

ハンガーを左にずらし干すシャツのひらめきのなかに妻の朝あり

名古屋から那覇ですといふ声がして甘やかにまどろみが誘ふ

みづあさぎいろの曇りが夏暁の南の窓を占めゐたるのみ

ひとつかみほどの太さの夕かげが角度を帯びて部屋をつらぬく

舟板に鵞と豚を載せあやふくも棹をあやつる画中の一人

文政の四年出島に渡来せし駱駝の雌雄が見あげたる空

春の夜にこころやさしく思ふかな種子郵便の割引なども

東京に往反をせし初夏の二日がほどに麦は色づく

夕空の高きに吹かれゐる欅あかるさはたましひのはつなつ

ファックスが吐くあたたかき紙の上に玉城徹のけさの訃を知る

ニーチェにはあらずと告げて出典を糺したまひきわれの批評に

ちりぢりになりたる「うた」の門弟のそのひとりなる女の泣くこゑ

十代の玉城徹の歌を読む日脚ののぶる部屋に坐りて

袋綴ぢの「多摩」のページをおそるおそる刃先に裂きて読み進めたり

小春日のひかりを裏返すやうに白木の椅子にニスを塗るひと



大辻さんのお名前の辻の字、正しくは点がひとつの「辶」です。

写真は興福寺にて。
by konohana-bunko | 2012-08-14 22:15 | 読書雑感 | Comments(0)

読書の記録 文月

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『とらたとおおゆき』 なかがわりえこ ぶん なかがわそうや え 福音館書店
『夜猫ホテル』 文 舟崎克彦 画 落田洋子 パロル舎
『THE DANCE TIGER』 Retold by Shosaku Kanamori English Text by Sayuri Suzuki Illustrated by Sookhang Chong Labo Teaching Information Center
『キップをなくして』 池澤夏樹 角川書店
『No.1理論』 西田文郎 三笠書房知的生き方文庫
『本は読めないものだから心配するな』 管啓次郎 左右社
『小鳥の歌』 アントニー・デ・メロ著 谷口正子訳 女子パウロ会

『キップをなくして』、久し振りに司馬遼太郎以外の小説を読んだ。面白かった。
『本は読めないものだから―』前々から気になっていたところへ、sunabaさんが勧めてくれはったので読めました。
踊る虎の絵本は、朝鮮の昔話。
朝鮮の昔話の語り起こし「虎が煙草を吸っていた頃……」っていうの、好きやな。

写真はなら燈花会にて。
by konohana-bunko | 2012-08-11 23:49 | 読書雑感 | Comments(0)

『論語』 桑原武夫

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桑原武夫『論語』(ちくま文庫)より、以下引用。

〈中国絵画にはよく「何某の筆意に倣う」といった賛がみられる。絵画を学ぼうとする者は、まず古来の名家の作品を臨摸する(うすい紙をおいて模写する)ことから始めるのである。書についても同じである。古い者を精根こめて学びとろうとするうちに、もし当人に独異の才能がありとすれば、それは必ずあらわれずにはおかない、と考えるのであって、みだりに幼稚な独創性をあわてて発揮しようとはしないのである。これは西洋とくに近代ヨーロッパの芸術精神とはすっかり違った態度である。よく中国文化の停滞性などといわれることと関係があるにちがいない。しかし、近代西洋風の個人主義の不可避的な矮小化をみせつけられることの多い現代社会においては、一種のみずみずしさをもって想起される章である。〉(p166-167 述而第七 より)

「みだりに幼稚な独創性をあわてて発揮しよう」というところで、つい、にやりとしてしまう。つまり、痛いところを衝かれたということ。
by konohana-bunko | 2012-07-19 20:34 | 読書雑感 | Comments(0)

吉本隆明『良寛』を読む

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吉本隆明『良寛』(春秋社)を読む。吉本隆明を読むのははじめてかもしれない。ちょっと気持ちにひっかかったところを、以下、〈 〉内は引用。

〈良寛は「良寛禅師戒語」というものを九十ヵ条にわたって書きとめていますが、これはじぶんが他人と喋言るときにでてくる嫌なばあいを、よくもこれだけ鋭くとりだしたものだとおもえるほど拾いあげています。
これを読んでいると良寛のすさまじさがわかるような気がします。〉(p57)

この九十か条の中から、著者は項目を挙げてゆく。
「ものいいのきわどさ」「いさかい話はよくない」「人のもの言いきらぬうちにものを言う」「人の隠すことを明かす」「推しはかりごとをまことになして言う」「息もつき合せずものを言う」「品に似合わぬ話をする」「人の器量のあるなしを言う」など、など。

〈もちろん良寛自身も、たぶんしばしばひっかかっていたから、こういうことに気がついたのだとおもいます。これはじぶんにたいする戒めであり、また同時に他者にたいする鋭い批判だとおもうわけです。〉(p58)

〈またこの九十ヵ条のなかには子どものことについて幾つか書かれています。子どもをたぶらかしたり、だましてはいけないといっています。〉(p58)

また、生活体験も十分にないうちから知恵をつけてはいけない、という項目もある。そして。

それから「かりそめに童にものを言いつけてはいけない」。これもやはりおなじようなことで、大人がやればいいこと、たとえば「隣家へ言って明日の米を買うお金がないから貸してくれといってこい」みたいなことを子どもにいいつけてはいけない。つまり、いつでも子どもを使ってはいけないということではなくて、子どもにさせれば誤解するにきまっているようなことについて、子どもを使ってはいけないといっているわけです。それから、子どもが泣いて帰って来たときに「誰が泣かせた」と言ってはいけない、つまり、子どもが泣いているときに「誰がやった」とか「誰が悪い」ということを子どもにたずねてはいけない。これもさまざまな経験を経た後にだったらいいけれど、子どもはそういう意味の判断はできないし、やっても不正確だからそういう不正確な子どもの心のなかに「誰が泣かしたの」というようなことをたずねて先入感を植えてはいけないというのです。こういうことを言葉の戒律として書きとめた良寛という人は、人と人とのあいだに言葉がひき起こす場面にとても鋭敏な人だったことがよくわかります。〉(p59)

良寛さんがこどもを見る眼差しって、すごいなと思う。こどもだけじゃないか、そう、人間を見る眼が。
江戸の封建制の下でも、現代のソーシャル・ワーカーさんや精神科のお医者さんでも、心ある、愛ある人は、同じように思いやりを抱き、思いやりのあることばを話してくれるものなのかもしれない。
by konohana-bunko | 2012-07-11 10:32 | 読書雑感 | Comments(2)

読書の記録 皐月・水無月

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『はなのすきなうし』(絵本) マンロー・リーフ作 ロバート・ローソン絵 光吉夏弥訳 岩波書店 岩波の子どもの本
『おばさんのスプーン』(絵本) 神沢利子作 富山妙子絵 福音館書店
『こんとあき』(絵本) 林明子 福音館書店
『論語』 桑原武夫 ちくま文庫
『坑夫トッチルは電気をつけた』(詩集) 荒川洋治 彼方社
『恋の万葉・東歌』 高橋順子 書肆山田
『西田幾多郎歌集』 上田薫編 岩波文庫
『ミドリツキノワ』(歌集) やすたけまり 短歌研究社
『なぜ人生は、うまくいかないのか?』 アルボムッレ・スマナサーラ 宝島社
『君に成功を贈る』 中村天風述 日本経営合理化協会出版局
『戦国の女たち』 司馬遼太郎 PHP文庫
『マコチン』 灰谷健次郎 長新太 あかね書房
『霊の書 ―大いなる世界に』(上・下) アラン・カーデック編 桑原啓善訳 潮文社
『海外詩文庫16 ペソア詩集』 フェルナンド・ペソア 思潮社
『世間知ラズ』(詩集) 谷川俊太郎 思潮社
『富と宇宙と心の法則』 ディーパック・チョプラ 住友進訳 サンマーク出版
『はなのほん』 かわしまよう子 アノニマ・スタジオ

久し振りに読んだ司馬遼太郎はやっぱり面白かった。
『論語』も、思ったより退屈しなかった。よかった。

ノートをめくるとやたらたくさんタイトルが並んでいるので、(こんなようけ本読んどったっけ?)と思ったら、単に5月の末に記録を〆るのを忘れていただけだった。
記録をするのを忘れることはあっても、毎日何かしら本を読むのは忘れていないので、これはこれでよしとする。そして、読んだそばから中身を忘れる。

写真、これがシャカシャカ祭の藁の蛇。
by konohana-bunko | 2012-07-05 22:00 | 読書雑感 | Comments(0)

やすたけまり歌集 『ミドリツキノワ』

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やすたけまり歌集 『ミドリツキノワ』 (短歌研究社)より、以下引用。

山木蓮うたい出せその手をうえにむすんだら春ひらいたら風

ジュズダマの穂をひきぬけばひとすじの風で河原と空がつながる

ながいこと水底にいたものばかり博物館でわたしを囲む

ならんでる黒いものより怖かった「かもじや」という看板の文字

なつかしい野原はみんなとおくから来たものたちでできていました

眠れるのですかあかるいところでも卵のなかの鳥のこころは

干潟再生実験中の水底に貝のかたちでねむるものたち

おもいでにあるレコードの溝ぜんぶつないだよりも遠くまで来た

熊はきらきらとみている乾燥剤青くしてゆくレンジのうなり

たまごかけごはんぐるぐるまぜている卵うまない熊とわたしで

あした産む卵を持ったままで飛ぶ ツバメは川面すれすれにとぶ

飴色に蛹はかわる まっしぐらに忘れる途中とわかる 見とれる



歌集は、新しければ新しいほど、素直に読めない。うちひしがれたり、違和感にひっかかったり、何でこんな風にうたうねん!と机を叩きそうになったり。
それは歌集のせいではなく、あくまでもわたしの内面の問題なのだが。

『ミドリツキノワ』は水を飲むように読めてうれしかった。
by konohana-bunko | 2012-06-21 20:56 | 読書雑感 | Comments(0)

Pocket かばん新人特集号vol.4より

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2005年発行の「Pocket かばん新人特集号 vol.4」を引っ張り出してぱらぱら読む。ちょっとこころに引っ掛かったところを以下引用。

〈誰に遠慮することはない、好きなことを好きなように作ればいいはずなのに、気がついてみれば、私たちは歌を作る際に多くのルールを自分で設けていないだろうか。短歌らしい表現をしなければならない、こういう歌を作ったら人格を疑われる、できれば才能があると思ってもらいたいし、賞も獲らなければならない、私たちはそういうルールを自分で設けている。そしてそのルールは直截さをひどく減じさせる。〉 
(中村要作品「20+10」に寄せた評「簡単なカレイドスコープ」西崎憲 より)

〈まず、短歌はひとつの詩形であって、その形を守って表現するのが絶対であるということ。字足らずを、手法として故意に使うことはあるけれど、不用意な破調は回避しなくてはならない。短歌はリズムであって、リズムを外れたら短歌ではないからである。自分で気づかない場合は、だれか周囲の人に指摘してもらって、改作してから発表するのがいいと思う。
次に、短歌は相手に内容を分からせることが絶対であるということ。歌の一部の語句だけを好き勝手に解釈をして褒めあう人がいるけれど、そんな甘さにだまされてはいけない。〉 
(伊藤信彦作品「再生~起承転結~」に寄せた評「もっとリズムを大切に、もっと読者に親切に」大松達知 より)

歌を書き始めた頃、先生にいつもこれと同じことを言われていたなあと思いながら読んだ。今は言われないかといったらそうではなくて、やはり同じことを、折に触れて、言われている。大事なことだから。
by konohana-bunko | 2012-06-11 18:22 | 読書雑感 | Comments(0)

奈良の輪

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いつも古本の委託でお世話になっている、奈良の雑貨店「フルコト」さんが開店一周年を迎えられました。
フルコトのみなさま、おめでとうございます!

フルコトさんのブログ、4月20日付の記事で
フルコトあるじのお一方、Sさんが、西尾勝彦さんの詩集『言の森』と、このはな文庫のことについて、うれしいお話を書いて下さっています。

こちらです→ 奈良 旅とくらしの玉手箱 フルコト

自分はいつも大阪にいるのか奈良にいるのか……典型的な奈良府民として中和の街に暮らしているわけですが、振り返ってみれば17年の間に少しずつ奈良のお知り合いやお友達も増え、わざわざ奈良まで電車に乗って行って鹿を見たりお寺や路地を歩いたりする楽しみも覚え……そういえば歌を書き始めたのも盆地の風に当たってからだったなあ、と。

Sさんの文章を読みながら、奈良の輪の中に、自分も置いてもらっているんだな、と、うれしくなりました。

ありがとうございます。



写真は豆柿の花。はじめて見た。直径12mmほどの、スズランみたいな、ちっちゃい団栗みたいな花。かわいい。
by konohana-bunko | 2012-06-02 10:58 | 読書雑感 | Comments(0)

「Sanpo magazine」 『言の森』

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Sanpo magazine 関西・大散歩通信 第5号 2012年春/夏
関西・大散歩通信社 ¥950

古本ソムリエ 山本善行さんの大阪古本修行散歩もあります。
わたしが勝手に「この人の文章好き好き」言うてる北村知之さんが 〈『昔日の客』のこと 宇仁菅書店のこと〉 を書いておられます。
十谷あとりは 〈遅い言葉に耳をすます〉 と題して、西尾勝彦さんの詩集『フタを開ける』『朝のはじまり』の書評を書いています。

Sanpo magazine について、くわしくは →こちらをクリック☆
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『言の森』(詩集) 西尾勝彦 ブックロア ¥1,575
「粥彦」6 (フリーペーパー) 西尾勝彦

ナラヒネにやられてしまったナラショナリスト、西尾さんの新しい詩集です。
何のことかわからない方は……読めばわかります。(^^;)
ええなあ!わたしもいつか、こんな本作ろ。と思うような本です。

あ、今キーを打っていて気が付いたんですが、「言の森」って「古都の森」でもありますね。

blog「粥彦」の「Sanpo magazine」の記事は →こちらをクリック☆

ぜひ、買って下さい。どちらも本当にいい本ですので。
by konohana-bunko | 2012-05-20 06:51 | 読書雑感 | Comments(0)

読書の記録 卯月

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『「ただの人」の人生』 関川夏央 文藝春秋
『ねこのホレイショ』(絵本) エリナー・クライマー文 ロバート・クァッケンブッシュ絵 阿部公子訳 こぐま社
『随想集 甦る記憶』 串田孫一 牧羊社
『おじさんはなぜ時代小説が好きか』 関川夏央 集英社文庫
『神との対話 宇宙をみつける 自分をみつける』 ニール・ドナルド・ウォルシュ著 吉田利子訳 サンマーク出版
『阿部一族・雁・高瀬舟』 森鷗外 旺文社文庫
「ku:nel クウネル」vol.19 2006.5.1 花も見ごろ。 マガジンハウス
「sanpo magazine」第5号 大散歩通信社
『言の森』(詩集) 西尾勝彦 ブックロア
『100万回生きたねこ』 佐野洋子 講談社
『ピーターの口笛』 エズラ=ジャック=キーツさく きじまはじめやく 偕成社
『どろにんげん』 長新太 福音館書店
『さるかに』 松谷みよ子文 滝平二郎絵 岩崎書店

『どろにんげん』は、「こどものとも」で出た時に息子2号に読み聞かせをした記憶が。2号はあまり読み聞かせが好きではなかったが、この絵本は好きだった。
長新太の絵本で、ずっと探しているのが『たこのバス』。念じていればいつか出会えるものと。

西川さん、sanpo magazineありがとうございます!
西尾さん、『言の森』ありがとうございます!
横着な御礼で、ごめんなさい。またあらためて、お手紙で。



『随想集 甦る記憶』より、以下引用。

〈明るい青を空色という。
だがそれで空を描いても仕方がない。
この色で海を描くことが出来る。波も描ける。だが私には波は難し過ぎるので壺を描く。
風の中へころがして置くと、ぼうぼうとなる壺を、今日は極力丁寧に描く。多少いびつではあるが、却ってそれが値打だということにしてそのまま描く。
焼いてみると、思っていたのとは全く違った色の壺が出来てしまった。陶工は独り憤然としてそれを捨てる。壺はころがって行く。川に落ちて流れ、人に拾われ、暫く何かに使われ、また捨てられてころがっている壺である。
この先の壺の運命を勝手に空想していると玄関の扉を叩く者がいる。速達の郵便を届けてくれた。見れば明日が最終日の陶芸展の知らせである。
私は行って見ようと思う。そこには特別出品として、拾われて来た空色の壺が陳列されているに違いない。〉(p138-139「色鉛筆」より)

梶井基次郎の「城のある町にて」にこんな感じの文章があったな……と思った。(「私はお前にこんなものをやろうと思う。」で始まるくだり。こういうの、好きだ。
by konohana-bunko | 2012-05-01 18:52 | 読書雑感 | Comments(2)

何もないところを空といふのならわたしは洗ふ虹が顕つまで


by このはな文庫 十谷あとり
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