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秋惜しむ

10月も今日で終わり。
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 漱石師に送る写真の裏へ
行秋や薄痩せたる影法師  寅彦
by konohana-bunko | 2005-10-31 20:55 | 日乗 | Comments(0)

物欲はつづくよ

一旦万年筆を使い始めると、いつでもどこでも万年筆を使いたくなる。
うちの抽斗には、モンブランのマイスターシュテック146、もうひとつ別のモンブラン(全体にシルバーで細身。古いものだと思う)と、先日衝動買いした「ミニ檸檬」の3本が入っている。3本ともよく書けて、気に入っているのだが、いざ外へ持って出るとなると気になって仕方がない。146はわけあり人生の記念品だし、シルバーはシルバーで思い入れがあるし、檸檬は安いとはいえ限定品。どれもこれも落として傷めたりなくしたりしたら泣いてしまう。
そこで、ネットで延々とウインドショッピングをして、ボールペン代わりにざっかけなく使える万年筆を買うことにした。それがこれ。
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ロットリング コア コリディウム。ぱっと見て万年筆とは思えないデザインは好みが分かれそうなところだが、がっちりボディにステンレス製のペン先という実用一点張りなところが気に入った。これやったら、持って歩いても、惜しげないよナ。
鞄の中に万年筆が入っていると、何となくこころがほかほかする。
by konohana-bunko | 2005-10-29 18:14 | 日乗 | Comments(0)

三好達治詩集

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写真美術館に行った日、朝倉文庫さんで『三好達治詩集』(旺文社文庫)を買ったのだった。書くのを忘れていた。前に行った時には気が付かなかったのだが、朝倉文庫さんには旺文社文庫の本がたくさんあった。詩集の方は帰りの電車で全部読んでしまった。

 
 
鹿は角に麻縄をしばられて、暗い物置小屋にいれられてゐた。何も見えないところで、その青い眼はすみ、きちんと風雅に坐つてゐた。芋が一つころがつてゐた。

そとでは桜の花が散り、山の方から、ひとすぢそれを自転車がしいていつた。
背中を見せて、少女は藪を眺めてゐた。羽織の肩に、黒いリボンをとめて。

 庭

太陽はまだ暗い倉庫に遮ぎられて、霜の置いた庭は紫いろにひろびろと冷めたい影の底にあつた。その朝私の拾つたものは凍死した一羽の鴉であつた。かたくなな翼を錘(つむ)の形にたたむで、灰色の瞼をとぢてゐた。それを抛(な)げてみると、枯れた芝生に落ちてあつけない音をたてた。近づいて見ると、しづかに血を流してゐた。
晴れてゆく空のどこかから、また鴉の啼くのが聞えた。


  三好達治 「測量船」より (三好達治詩集 村野四郎編 旺文社文庫 1981再)

久し振りに行った奈良公園は修学旅行や遠足のこどもたちでいっぱいで、鹿があまり見られなかった。11月になったらまたゆっくり遊びに行きたい。興福寺の銀杏や浮雲園地の南京櫨ももうすぐ見頃なのではないか。
写真はアメリカフウの木。
by konohana-bunko | 2005-10-28 22:22 | 読書雑感 | Comments(2)

中原淳一

夫の家から不要の本を譲り受けてきた。マンガ(『美味しんぼ』とか)がある。文庫本もある。ジャンルは文芸関係が主。本自体はきれいだが、文庫はオークションでは売りづらい。100円均一にして箱にぎっちり詰めて並べたらええやろなァ、何ぼか売れるやろうなァ、と思う。(そもそも自分がそういうところで本を買うのが好きなのだ。)ただそれをどこでどう実現したらいいのか、今のところ算段が思いつかない。思いつくまでしばらくストックすることにする。
箱の一番底から、製本がばらけて、表紙の取れた雑誌らしきものが出てきた。
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中原淳一みたいやん…と思ったら、「みたい」じゃなく、中原淳一。

書名:ママの見る一年中ノ子供ノきもの絵本
著者:中原淳一
発行所:ソレイユ社
発行:1962年10月20日
定価:750円

奥付のページがついていたので判明した次第。この当時のあこがれのこども服って、こんなにノーブルだったのね…(゚∀゚)と感心しきり。そう言えば昔、自分(1965年生)が小さかった頃は、「よそいき」と「普段着」って厳然と区別されていたもんなあ。
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by konohana-bunko | 2005-10-27 22:26 | 古本屋さん開業記 | Comments(2)

もうじき学園祭

秋は学園祭の季節。模擬店の看板が並んで職場もにぎやか。
今年の人気者三人と言えばこちら。
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人気者二人はこちら。
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一人でよく出ているのはこちら。
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で、うちの名物といえばこちら。
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by konohana-bunko | 2005-10-25 17:21 | 日乗 | Comments(0)

外出

18日(火)、久し振りに奈良へ。目当ては奈良市立写真美術館、「土門拳 入江泰吉 二人展」。
「近鉄奈良駅から市内循環バスで破石町(わりいしちょう)下車徒歩」と案内にあるので、その通り破石町でバスを降りたのだが、さて、そこからの道がわからない。(写真/バスを降りたところ、高畑町交差点。)
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少し歩いて、道沿いの八百屋さんに道を尋ねると、小父さんに「そこに書いたありまっしゃろ?」と言われる。見れば、すぐ目の前のカーブミラーに矢印の表示が。恥ずかしい。矢印の指示通り歩いて、結果的には迷わずにちゃんと着いたのだが、車の通れない路地を曲がってたどっていく道で、心細かったのであります。
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展示の方は二人の写真家の作品を見比べる構成になっている。奈良の風景、室生寺東大寺法隆寺薬師寺などの諸寺諸行事、仏像、また文楽。同じものを撮影している――そしておそらくこれらの写真は「古都奈良のよきイメージ」を普及させる上で相当貢献している――のだが、作風の違いが面白い。土門拳は「ものそのもの」にがんがん肉薄する。迫力がある。時として見ているこちらが息苦しくなるほどだ。一方入江泰吉の写真はどことなく印象がやわらかく、わかりやすく、時に甘い。「ものそのもの」というよりは、どうも、映る「もの」を介して何かを言おうとしているように感じられる。どちらがうまいかと訊かれたら土門拳と答えるだろうが、家に飾るなら入江泰吉の方がいいような気がする。薬師寺の西塔礎石、中宮寺の弥勒菩薩の二人の作品が印象に残った。
by konohana-bunko | 2005-10-21 22:14 | 日乗 | Comments(0)

頭の上に

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夕方、外でボール遊びをしていたこどもたちのうちの一人が、「虹やで、虹」と叫んだ。
あわててカメラを掴んでベランダに出た。電源を入れる。立ち上がるまでの数秒が長い。
撮れたのはこの一枚だけ。
頭の真上に出た虹を見たのははじめて。

ひょっとしたら、誰の頭の上にも虹があるのかもしれない。
ただ、誰も気付いていないだけ。
かも、しれない。
などと。

こどもはすてきなものを見つけて、みんなにそれをシェアしたとたん、
惜しげなく忘れて、またボールを追いかけている。
by konohana-bunko | 2005-10-17 20:47 | 空中底辺 | Comments(0)

きじとらこねこ

職場で見かけた雉虎の子猫。
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by konohana-bunko | 2005-10-14 19:56 | 猫是好日 | Comments(0)

『塩壺の匙』 車谷長吉

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10日(月)、『塩壺の匙』を読了。車谷長吉は『赤目四十八瀧心中未遂』『変』に続き3冊目、新しいものから古いものへ遡る順で読んでいることになる。小説としての完成度は『赤目』の方が高いのだろうが、『塩壺』もなかなか、面白い。作者の原型がより顕わになっている。
特に面白いと思ったのは、「萬蔵の場合」という作品。塚本邦雄の作品世界に通じる表現が出てくる。以下、引用してみる。

(◆は車谷長吉『塩壺の匙』、◇は塚本邦雄全集/『寵歌変』よりの引用。正字が表記できない点はご容赦の程。)

◆電話が切れたあと、ふっと心に浮んだのは、子供の頃、茗荷畑の中で、蛇の卵を太陽にかざして見た時のじりじりするような生ま温かい心地だった。私のかざし見た白い卵の中の黝い塊は「誰からも愛されるな」と言っていた。 (「萬蔵の場合」p67)

◇鶏卵を燈に透かしつつぢりぢりと生温き生をたのしみゐるか  塚本邦雄  『装飾楽句』

◇わが飼へる犬が卑しき耳垂れて眠りをり誰からも愛さるるな  塚本邦雄 『装飾楽句』

これが偶然の一致なのか、それとも本歌取り、換骨奪胎なのかは知らない。それは、どちらでも構わない。ただ、たまたま並行して読んでいた二冊の本の間にシンクロニシティを発見してうれしくなったのである。
国籍や「私」の匂いを極力消したところに美を築こうとした塚本邦雄の歌が、その美しさを損なうことなく、車谷長吉の血なまぐさい「私小説」の中に取り込まれている、のかもしれない。巧みに取り込んだ、のだとしたら。そんな想像をたくましくしながら本を読むのは、この上なく楽しい。

塚本邦雄には塩壺を詠んだ歌がいくつかある。お気に入りのモチーフだったのだろう。

◇父母金婚の火は近みつつ食塩のつぼにかわきし食塩あふる  『装飾楽句』

ちなみに萬蔵の「萬」という文字は、本来「さそり」の形を表すものだという。
by konohana-bunko | 2005-10-11 21:32 | 読書雑感 | Comments(0)

人も歩けば物欲に負ける

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9日(日)、O-CATの5階にある丸善に寄る。2006年のカレンダーやスケジュール帳がもう出ていることに驚く。万年筆の売場をちらちらと冷やかす。そのガラスのショーケースの横に台がしつらえてあり、雑誌が平積みにしてある。Lapita11月号。輪ゴムがかけてあって、中に万年筆の付録がついているのだという。
万年筆ですよ。付録に。
雑誌の価格は980円。仮に雑誌を勘定に入れないとしたら、これは980円の万年筆だということになる。思わず、立ち止まって考え込んでしまう。(そう言えば昔、『中1時代』だったか『中1コース』だったかを年間予約したら万年筆がもらえるという企画があったよな…)などということを思い出す。その時もらえたのはおそろしくしょうむない万年筆で、すぐこわしたかなくしたかしてしまったのだが、さて。これはどうなのだろう。
このおまけ、梶井基次郎の『檸檬』にちなんで丸善が作り完売した万年筆を、Lapitaと共同企画で復刻したものだという。小さくしたので「ミニ檸檬」というネーミングはひねりがないが、嫌味のないイエローがきれいだし、デザインもオーソドックスではある。
どうしよう。何かすごく、気になる。
しばし台の前で悩む。雑誌の表紙には「ミニ檸檬」のペン先のアップの写真。金色のペン先に、Lapitaの蛙のマークが刻印されている。「人生に、物語が足りないな、と思ったら。」という惹句。その雑誌に寄り添うように、新潮文庫の『檸檬』が立てて陳列されている。そうだよなあ。ここは丸善だもんなあ。(難波だけど。)殴り書き調手書きPOP、「もし売り切れで入手できなくてもウチに爆弾を仕掛けないで下さい」はちょっと調子に乗りすぎかなと思う。あざといくらいの販促。でもこの売り方、ぐいぐいと攻め込んでくる。動揺する。動揺して、つい店員さんに、この万年筆、どこのカートリッジが使えるんですか?などと尋ねてしまう。
「モンブランかペリカンの、ショートタイプならお使いいただけます」
モンブランの黒やったら家にあるやん?と思ってしまったわたしの負け。

家に帰ってから、どきどきしながら箱を開ける。小さいけれど結構ずっしりとしている。インクカートリッジを差してみる。すぐに、インクが出てきた。硬いけれど、ひっかからない。書ける。これ、使えるよ。太めの字だから、インクの減りは早いかもしれないけど。

わーい。
by konohana-bunko | 2005-10-10 12:48 | 日乗 | Comments(2)

何もないところを空といふのならわたしは洗ふ虹が顕つまで


by このはな文庫 十谷あとり
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