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橘曙覧メモ(9)

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備忘録としていくつか。

○メモ(8)で書いた会話にはあと少しだけ続きがあったのだが、話の焦点がどんどん拡大してしまったので、ここにくわしく書くことはしない。とまれ(いろんな評論を読んでみよう)と思えたのは収穫だった。

○奥村晃作さんが『歌壇』に連載されていた「ただごと歌の系譜」が11月頃単行本化されるらしい。これは買う。

○昨日、水屋を片付けていたら、2003年の日月のシンポジウムで自分が発表した時のレジュメが出てきた!もう処分したものとあきらめていたので、驚くやらうれしいやら。
出てきたことはうれしいが、読み返すのは恥ずかしい。準備不足丸出しの拙いレジュメ。しかしこれもある意味貴重な資料なので、ヘンな汗をかきながら目を通す。開高健ではないが「ア、チ、チ…」な気分。
シンポジウムの進行を務めて下さった加藤英彦さんの質問メモも出てきた。これは結構、いいヒントがありそう。

○地元の図書館で白川静の『桂東雑記Ⅳ』を借りる。買おうかどうしようか悩んでいたのでうれしい。この本の「橘曙覧の短歌史上の位置について」という講演録を読む。目から魚鱗が。

こんな感じで8月が終わる。どっちに向いて行ったらええかようよう見えてきた感触。

写真、旧街道にある駄菓子屋さんの窓。
by konohana-bunko | 2006-08-31 21:34 | 空中底辺 | Comments(0)

目ぇ覚めてもうた

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クーラーの効いた涼しい部屋でのんびり寝とったら、えらいけったいな音や、目ぇ覚めてもうたがな。何それ。ファゴットのリード?家ン中で吹いたらえらい音でんな。え。今からファゴット吹くのン?かなんなァ。寝てられへんがなほんまに。
by konohana-bunko | 2006-08-30 21:43 | 猫是好日 | Comments(0)

『青空の人たち』  平林英子

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『檸檬』から芋づる式読書。平林英子は1902年生まれの小説家、また中谷孝雄夫人。梶井、中谷らと同人誌『青空』を出すことになる。『青空の人たち』には、梶井基次郎・三好達治・外村繁・淀野隆三・武田麟太郎ら5人の追想が収められている。

以下引用。

ある日中谷の父から手紙がきて、近日京都へ出かける用事が出来たから、序でに下宿を訪ねたいと書いてあった。私たちの同棲のことなど全く知らない父は、前年落第した息子が、真面目に勉強をしているかどうかが心配で、それとなく様子を見にくるつもりらしかった。私たちはあわてた。梶井さんとも相談して、私の持物を階下に預けたり、衣類は押入れの奥に片づけて、いかにも真面目に勉強をしていることを示す為に、梶井さんの下宿から、目ぼしい本を全部運んできて飾ったりした。西田幾多郎とか、カントの哲学書などが多かったので、部屋の中は急にいかめしくなった。
すっかり準備ができると、私はその晩梶井さんの下宿に泊めて貰うことになり、夕方一緒に出かけようとしたら、急に雨が降りだしてきた。だが傘は一本しかなかったので、仕方なく相合傘で出かけねばならなかった。二人が一本の傘に入って外へ出るのを見た、少し剽軽なところのある階下のおかみさんが、うしろから大声で冷やかすのには閉口した。  (「梶井基次郎」p19-20)

引用終わり。英子さんは梶井の親友中谷と同棲、のち結婚するものの、フェミニズムなど影も形もない時代(大正~昭和初期)のこと、貧乏、入籍前の出産、戦争、夫の出征、いまひとつ乗り切れない社会主義活動などと苦労を重ねることになる。ただ、苦労を苦労とは思わない部分があったようで、本人曰く「文学好きのおろかな女房たちは、文士とは貧しきものなりと思いこんでいて……それに生甲斐と誇りをさえ感じていたのだから、全く始末がわるかった。」(「三好達治」p54)
英子さんは暮らしを立てるため、『青空』同人だった外村繁(つまり夫と共通の友人)が営む店に雇ってもらったこともあった。以下はそのくだり。

たまに日本橋の店へ、仕事の帰りに外村さんと打合せがあって顔を出すと、二階の広間に、殿村さんの学友たちがきていることがあった。皆大会社や銀行に勤めていて、上等の背広を着ていた。大学で一緒に経済を学んだ人達だとのことだった。
外村さんはそんな友人たちと、店がひけてから、人形町あたりの小料理屋へ、時々飲みにいくようであった。友人たちは私の前でも、屈託ない顔で「外村、うんと儲けて御馳走してくれよな」などと云っていたが、年老いた番頭は、こういう客には、現金にしぶ顔を見せていた。
外村さんに云わせると、商売をしていく上には、文学の仲間より、このような友人の方が大事だと云うのだった。私もその時は、多分その通りだろうと思ったが、これと同じ言葉を、ずっと後になってから、淀野さんからも聞いたことがあった。それは淀野さんが父親の名前、三吉を襲名したあとのことだったと思う。しかし、結果は全く反対で、小学校しか行かず、そんな教育のある友人など、ひとりも持っていなかった彼等の父親たちが、立派にやってきた商売を、大学出の息子たちは忽ちつぶしてしまったのである。  (「外村繁」p106-107)

引用終わり。こうして英子さんは文学青年たちのほろ苦い青春とそのなれの果てを見届けることとなる。文学青年どもは大病したり早死にしたり嫁を泣かしたり親の商売を潰したり、大なり小なりろくでなしであり、そのろくでなしぶりも面白いといえば面白いのだが、わたしはむしろ英子さんの文章の乾いた明るさにひかれた。新聞記者の経験があり、また小説家として、自立した精神、聡明な眼を持っていたというのもあるのだろうが、やはり最後は人柄だろうか。
英子さんは長命して、2001年に99歳で亡くなっている。
by konohana-bunko | 2006-08-29 20:35 | 読書雑感 | Comments(0)

猫三態

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一匹目:夫が京都で出会った野良猫さん。まだ若い猫。とても人なつっこかったとのこと。
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二匹目:駅に住んでいる野良猫。アーケードのテントの上が猫の道。
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三匹目:わが家のちょんぴ。「お母ちゃん…写真はええから…はよ家入れてェな…」
by konohana-bunko | 2006-08-27 21:04 | 猫是好日 | Comments(0)

『檸檬・ある心の風景』  梶井基次郎

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新潮文庫の『檸檬』は、高校時代からずっと手許に置いてある数少ない本のうちの一冊。今回はリサイクル書店で旺文社文庫版が手に入ったので再読。

以下引用。

今、空は悲しいまで晴れていた。そしてその下に町は甍を並べていた。
白亜の小学校。土蔵作りの銀行。寺の屋根。そしてそこここ、西洋菓子の間に詰めてあるカンナ屑めいて、緑色の植物が家々の間から萌え出ている。ある家の裏には芭蕉の葉が垂れている。糸杉の巻きあがった葉も見える。重ね綿のような恰好に刈られた松も見える。みな黝(くろず)んだ下葉と新しい若葉で、いいふうな緑色の容積を造っている。
遠くに赤いポストが見える。
乳母車なんとかと白くペンキで書いた屋根が見える。
日をうけて赤い切地を張った張物板が、小さく屋根瓦の間に見える。――(p17-18 「城のある町にて」)

引用終わり。「檸檬」はもちろん素晴らしいが、個人的には「城のある町にて」の静謐さが一番好きだ。上に引用したところから始まるくだりは、日本語の宝石だと思う。夏の終わりに、寝っ転がって団扇を使いながら梶井基次郎を読む、ぜいたく。

新潮文庫の『檸檬』についている淀野隆三のパセティックな解説も、わたしはどうしようもなく好きなのだけれど、旺文社文庫に載っていた、平林英子の「思い出は遥かに」という解説もとても面白かった。あんまり面白かったので、日本の古本屋で平林英子の『青空の人たち』を買ってしまった。(^^;)
『青空の人たち』については、また日をあらためて。
by konohana-bunko | 2006-08-26 21:20 | 読書雑感 | Comments(2)

橘曙覧メモ(8)

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橘曙覧、大隈言道、小澤蘆庵らの歌、〈ただごと歌〉と奥村晃作が呼ぶところの歌を、同時代の人たちはどう読んでいたのだろう。
好意的に受け入れられていたのだろうか。

6月は『橘曙覧全歌集』を読みながら、そんなことをひとりで考えていた。考えは頭の中にある限り、青空に浮かぶ雲に似てぽわぽわとつかみどころがなくてきれいだ。そしていざ、紙の上、画面の上に文字にしてしまうと干からびた花のようにつまらない。

7月のはじめ、日月の夏の会があり、Aさんと会った。Aさんは高校の先生で、国文学が専門である。2003年の夏の会で自分が発表した橘曙覧のレポートのこともご存知なので、いい機会だと思って尋ねてみた。

「いわゆるただごと歌って、当時の人はどんな風に読んでいたんでしょうね?」
そう尋ねると、Aさんは「わたしはそんなに近世和歌にはくわしくないですよ」と断わってから、
「それは同時代の人の批評というのを探して読まなければ判らないですね」と答えた。
「古典を本当に理解しようと思ったらその時代の人のことばの感覚で捉えないとわからないんです」
「現代短歌の歌集を読むようにして読んだのでは、違った読みになってしまいます」

現代短歌の歌集を読むように読んでは、解釈が違ってしまう。
確かにそうかもしれない。
だが、わたしは曙覧の歌を、現代短歌を読むようにして読んでいる。文法が難解でなく、近代的な感覚で詠まれているので、読めてしまう。読めたような気になる。
「その[読める]というのは、[意味がわかる]という程度の[読める]でしょう。江戸末期の人の感覚とは違った捉え方になっている可能性が高いです」

Aさんの話は続く。
「〈桂園派←→ただごと歌〉と対比させて考える人もあるでしょうが、このあたりのことは、大きな文学史の流れの中で捉える方がいいんじゃないかとわたしは思うんですね」
Aさんはそう言って、テーブルの上に手で、くねくねと左右に蛇行する線を描いてみせた。「技巧と、真情というものが仮に両極にあるとして、あっちへ行ったりこっちへ寄ったりする動きがあるというふうに……」
「振り子が一方に振りきったら、反対側に行くように、ですか?」
「そうそう。」
〈ただごと歌〉そこだけを取り出してあげつらったのでは、見落とすものがある、ということらしい。
by konohana-bunko | 2006-08-22 14:13 | 空中底辺 | Comments(3)

『西東三鬼集』  朝日文庫

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  水枕ガバリと寒い海がある

  秋の暮大魚の骨を海が引く

という俳句があることは、何となく知っていた。ただ西東三鬼という人のことは何も知らなかった。
この本には俳句の他に「神戸」「続神戸」という短編小説集が収録されている。俳人の小説ってどんなんやろ?と読み出したら、これがまた、俳句よりも(失礼)滅法面白い。昭和十七年、何やら事情をかかえた作者=主人公が東京から神戸に逃れて来るところから話は始まる。舞台はトーアロード沿いにある奇妙なホテル。

以下引用。

その窓の下には、三日に一度位、不思議な狂人が現れた。見たところ長身の普通のルンペンだが、彼は気に入りの場所に来ると、寒風が吹きまくっている時でも、身の廻りの物を全部脱ぎ捨て、六尺褌一本の姿となって腕を組み、天を仰いで棒立ちとなり、左の踵を軸として、そのままの位置で小刻みに身体を廻転し始める。生きた独楽のように、グルグルグルグルと彼は廻転する。天を仰いだ彼の眼と、窓から見下ろす私の眼が合うと、彼は「今日は」と挨拶した。
私は彼に、何故そのようにグルグル廻転するのかと訊いてみた。「こうすると乱れた心が静まるのです」と彼の答は大変物静かであった。寒くはないかと訊くと「熱いからだを冷ますのです」という。つまり彼は、私達もそうしたい事を唯一人実行しているのであった。彼は時々「あんたもここへ下りて来てやってみませんか」と礼儀正しく勧誘してくれたが、私はあいかわらず、窓に頬杖をついたままであった。
彼が二十分位も回転運動を試みて、静かに襤褸をまとって立ち去った後は、ヨハネの去った荒野の趣であった。それから二年後には、彼の気に入りの場所に、天から無数の火の玉が降り、数万の市民が裸にされて、キリキリ舞をしたのである。

引用終わり。今後もし誰かに「好きな俳人は?」と尋ねられたら、「サンキイ、サンキイ」と答えてみたい。
by konohana-bunko | 2006-08-21 20:15 | 読書雑感 | Comments(0)

小雨の日の均一台

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8月は大阪や奈良に出かける機会があったのに、一度も古本屋さんに立ち寄ることができなかった。いやーもどかしい。今日はまた大阪行きということで気合満々、1時間早い電車で上本町着。ハイハイタウンの天地書房へ。均一台、ハムレット、演劇関係の本がいろいろ。同じお家からやって来た本かな?店内、いつも詩歌の本が入っていた棚ががらっと入れ替わっていて戸惑う。結局チボール・セケリ『ジャングルの少年』(福音館書店)と、わたなべめぐみ『よわむしおばけのカレーライス』(フォア文庫。NHKのアニメ「おばけのホーリー」の原作)などを買う。何でかわからんけど今日は児童書日和。出る頃には小雨がぱらついていて、均一台にビニールが掛けられていた。
by konohana-bunko | 2006-08-19 21:34 | 古本屋さん見聞記 | Comments(0)

なら燈花会

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14日(月)、東京から里帰りしてきたYちゃんと燈花会を見に行く。Yちゃんと夕方早めに近鉄奈良駅に集合し、ごはんを食べてから散策する段取り。食べに行ったのは餅飯殿通りの、夫婦二人でやっている居酒屋さんのようなところ。美味しかったけれど、燈花会で客が多いところを、二人だけで切り盛りしているので、ものすごく忙しそうだった。
ごはんを食べながら、近況報告めいた話。話すことがないので、息子1号の通う高校の野球部が甲子園に出場したので、1号を含む吹奏楽部のメンバーが野球の応援に行った話をする。
「自分とこの高校やと思たら、一生懸命テレビの前にかじりついて……」と、普段野球に興味のないわたし。
「そらせやろー。やっぱり応援してしまうよなー!」と、熱烈な巨人ファンのYちゃん。
「いやそうやなしに、応援の音聴いとってん。ジャーン!てシンバルの音したら、ああうちの子頑張っとる頑張っとると思て」
「何やそれ、ははは、親馬鹿やなァ」
そうね親馬鹿。よかったよ馬鹿に親がついてて。
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燈花会のろうそくは夜7時から点される。この日は春日大社の万燈籠もあり、興福寺五重塔の前は大変な人出だった。中金堂(再建中)の壇のところで、琵琶のような楽器を弾いているお姉さんがいた。からからと乾いているけれど哀調のある音。弾いている姿も、きりっとしてすごく格好よかった。
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by konohana-bunko | 2006-08-17 22:34 | 日乗 | Comments(2)

わたしのすきなうた 3

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林和清歌集  『匿名の森』より

眼をすすぐ夜の水には今日ひと日見て来たすべての道があふれる

夜毎キミと旅をかさねたある時は蝿しかゐない国にも行つた

あなたにはあなたの月がのぼること天人もいつか汗をかくこと

靭(うつぼ)公園よぎりてゆけば陰の径そこからはまた霜の領分

春雨が淵なす窓の下あたり流した雛が戻つてきてゐる

死につづけてゐるのも体力この春も式部の墓へ散りかかる花

きみの手の死蛍とわが手のなかの息づく蛍とり換へないか

午後四時のミルクスタンド白秋の手が垂れて壜を置けり空より

ほんたうは怖かつた師の大き手を握れば握り返す力が

この夢の質はざらざら木の床に砂をこぼした伴天連の足

ただただ好きな歌を抜き書きするたのしさ。普段は、歌集を読むのにとても時間がかかるのだけれど、この集はことばにぐいぐい引っ張られてあっという間に最後までたどり着いてしまった。〈恋人たちが訪れる蝿の国〉というグロテスクなメルヘン、流しても流しても戻って来る流し雛、卵ではなく牛乳壜を掴んでいる北原白秋の手。読み物として、これが楽しくないはずがない。
無論、「読めた」と「読み解けた」の間には、深くて暗い川がある。また折々、読み返すしかない。
by konohana-bunko | 2006-08-14 10:16 | 空中底辺 | Comments(2)

何もないところを空といふのならわたしは洗ふ虹が顕つまで


by このはな文庫 十谷あとり
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