<   2007年 03月 ( 19 )   > この月の画像一覧

読書の記録 弥生

c0073633_1861925.jpg
あら。10冊と読んでいなかったか。買うのはちょこちょこ買っているし、読みかけで持ち越しているものもあるので、4月はもうちょっと読めそう。

『雁之食』 葛原妙子歌集
『俳句という遊び ―句会の空間―』 小林恭ニ
『連句のたのしみ』 高橋順子
『連句をさぐる 伝統文芸との接点』 近松寿子
『ゴミを宝に!』 チチ松村
『現代連句入門』 山地春眠子
『雑巾と宝石 手塚治虫全集258』 手塚治虫

正選は葛原妙子、高橋順子。逆選なし。

ベランダを片付けていたら、ヤモリが。つかまえたら指をかぶられた。歯がないから、いっこも痛くない。
by konohana-bunko | 2007-03-31 18:06 | 読書雑感 | Comments(4)

ゴミを宝に

c0073633_21351555.jpg
職場のゴミ置き場で分厚い本の小口が目に入り、拾う。『目撃者 近藤紘一全軌跡1971~1986』。このままゴミにされては可哀想なので、連れて帰ることにする。ぱらぱらしてみる。短いエッセイが面白そう。でも電車で読むには重いかなあ。家で計ってみたら768gあった。

で、その仕事帰りに、この間奈良公園に行った時、古本屋さんには寄らなかったことを思い出す。思い出したら無性に行きたくなった。お天気もよかったので、西大寺から奈良行きに乗り換える。まっすぐ智林堂さんに行って、『木に縁りて魚を求めよ』林和清 を買う。これ、もう3回くらい、手に取っては棚に戻し、また手に取っては戻ししていたもの。文字がうつくしくて、読みやすい。でも他の本の文字とどこが違うかがよくわからない。(造本・装幀 間村俊一。)
拾った本と買った本を鞄に入れたら、鞄、重い……。急に疲れが出てきて、そのままどこへも寄らず駅へ。

帰りの電車の中で『ゴミを宝に!』(チチ松村)読了。自転車「宮田五郎兄さん」命名の秘密がすてきだった。

写真上、タイリクバラタナゴ。下、シロヒレタビラ。これからの季節、タナゴの仲間は婚姻色が出てきれいになる。
c0073633_2135397.jpg

by konohana-bunko | 2007-03-29 21:37 | 日乗 | Comments(8)

中庸

c0073633_21534075.jpg
雨が止んであたたかくなった。職場のプランターに新しい花苗が植えられている。ガザニアとか、オステオスペルマム(ディモルフォセカ)とか。見慣れた花ではあるけれど、春の日差しを浴びて、これはこれでええもんやナ……と下を向いて歩いていたら、こんな花が咲いていた。上はスミレだけれど、下、これはクロッカス?
c0073633_21535936.jpg
職場で掃除機をかける。この掃除機、12年使っているのだが、5年ほど前から、3箇所あるホースのつなぎ目のうち2箇所が外れなくなった。掃除をしている時に(ちょっと先のノズルを外してこの狭いところを吸おう)と思っても、外したいつなぎ目が頑として外れない。で、外れなくてもいい一番先の平たいノズルは、継ぎ目がゆるくなっていて、マットのように抵抗の強い場所を吸っているとぼろーんと取れてしまう。ちょっとしたことなのだが、どうも使い勝手が悪い。腰を痛めてからは、余計にそれが、気になる。
先日、(いよいよこれは不便でかなわん)と思ったので、ホースの先を足で踏んで押さえ、両手でホースを掴んで、力任せに引っ張ってみた。(こんなことくらいで取れる筈あるか)と思いながらも何度かやっていたら、がこっ!と音がして、何と途中のつなぎ目が外れたではないか。やった。これでストレスなく掃除ができるぞ!
と、思ったのも束の間。がんがん引っ張って外したショックで、つなぎ目というつなぎ目が全部緩んでしまったらしく、今度は何の障害物もないPタイルの上を掃除していても部品がぼろぼろ外れる。嗚呼。中庸とは、かくも難しいか。
by konohana-bunko | 2007-03-26 21:55 | 日乗 | Comments(0)

『連句をさぐる』  近松寿子編著

c0073633_21311492.jpg
連句の本第2弾。天地書房(上本町店)にて。これを買った後、別の日に天地さんに行って、また別の連句の本を買った。3冊とも、どれも同じ濃さの鉛筆で、同じ書き癖で線や印がつけられている。

連句の作品がいくつも収録されているのを読む。面白いと思える部分もあれば、退屈なところも。ただ、付け合いの解説は、どれも楽しい。

短歌でも俳句でも、わたしは歌(句)がずらっと並んでいるのを見ると、その中からいいと思うものを選びながら読む癖がある。歌会の詠草を読む時はそれでいい。しかし連句のように、全体の流れを楽しむものを、こういう風に読んでいいものか、どうか。本の中にも、こんな文章が出てくる。以下引用。

話を歌仙に限るとして、際立って面白い運びの二個所もあれば佳しとされている。もしかりにそれ以上に及ぶとすれば、終始きらめく延金のようで、却って際立つものも際立たない。流には緩急もあり漣もあろうが総じて穏かな中に、時あって高波の躍動が起ってこそ華麗であり荘重であり、前後の静けさもまた捨て難い趣をおびてくる。句々に巧緻を希って凝れば運びは渋滞する。卓抜映発は望ましいが、時に低く地を這うもまた更に好ましい。すべては起伏の呼吸にかかる。連句の場で自己のみを立てようとする構えは禁忌である。左右の腕をさしのべて抱き合う三句の渡りは、律動の波を先へ先へと及ぼしながら進むわけだが、その間に膠着のおそれの生じたばあい、爽やかに流しやるのが遣句の勤めである。遣句は上手の見せ所とさえいわれてきた。自我に対しても不即不離、恍けるかに見えるゆとりを欠いては連句を巻く資格がない。(p105 俳諧余談 橋閒石より)

それはともかくとして、付箋を付けた部分も引用してみる。

  *

すずかけの落ち葉をけつてブーツ行く  浅越京子

  ネオンきらめく池畔のベンチ  秋山ます子

ペンで生みペンで果てさす恋一つ  寿子  (p78)

  *

刷上げし歌麿の知恵の裏表  草吉

  柳の下をいそぐ捕手か  稔典

  ……

露こぼし道下りくる隣の子  稔典

  芒を持った掌での目隠し  寿子  (p107)

  *

  盗人つかまる派出所の裏  禾青

合わぬ鍵ばかり大事にしまい込み  千遊

  かすかに物の焦げる夕ぐれ  ひろし  (p131)

  *

  伝言板の文字の濃淡  知沙

ひまわりがぐらりと咲いた海の駅  稔典

  白昼の女の夢の曳航  律子

  ……

  決意あぶなくまた二月尽  律子

遥かなる丘に花見るわたしです  稔典  (p228-229)

引用終わり。ネンテンさんの付けはやはり革袋から錐の先が覗いている気がする。

ネンテンさん、文章も所収されている。その中で「わたしにとって、犀は分身であり」と犀へのこだわりについて書いている。いつごろ、犀から河馬になったのだろうか?
by konohana-bunko | 2007-03-23 21:31 | 読書雑感 | Comments(0)

土の匂いがした

c0073633_2150059.jpg
郵便局に出荷に行ったり、スーパーでパンを買ったり、「ブ」に行ったり。チチ松村の『ゴミを宝に!』など、少し買う。

買い物の帰り、近所の空き地で白いタンポポを見つける。ナナホシテントウもいた。天道虫も写真に撮りたかったのだが、せかせか歩き回って、しまいにぷーんと飛んでいってしまった。お家が火事、でも、あるまいに。

天気がよかったので洗濯物がよく乾いていた。日が暮れてから、夕方洗ったものを干そうとベランダに出たら、春の土の匂いがした。
by konohana-bunko | 2007-03-22 21:50 | 日乗 | Comments(0)

ウの下に名

c0073633_214522100.jpg
朝の通勤電車、隣に座った高校生の男の子。ラグビー部の大きなボストンバッグを床に置き、膝の上にノートを広げて、英語の単語を書き始めた。部活が忙しいから、電車の中で勉強かあ、えらいなァ……と、つい、手許を覗き込む。

passenger 乗客
customer 客

つづりはばっちり。「客」という字が全部、「ウかんむり」に「名」になっている。微妙だ……!



で、自宅で息子1号2号との会話。
1号「ガンジーって、ドイツ統一の(ために働いた)人やんなあ?」
母「ガンジーはインド独立の父やー。ベルリンの壁崩壊はやナ、ゴルバチョフのペレストロイカがやなぁ」
ゲームに興じていた2号「え。『ペレストロイカ』って、呪文?」

ゴルビーは
ペレストロイカを となえた!

壁が くずれた!

違うやろ!
by konohana-bunko | 2007-03-21 21:46 | 日乗 | Comments(2)

謎が解ける時

c0073633_21105451.jpg
職場で八分咲きの謎の木。遠目にはサクラに見えるのだが、花の形がどうも違う。毎年、これ何ザクラだろう、何ザクラだろうと疑問に思い続けること10年、ついに謎が解ける時が来た。虫にくわしいM先生が植物にくわしいS先生に尋ねて下さったところ、この木は、ベニハスモモ(紅葉李 Cherry Plum)だ、とのこと。但、どういう理由かはわからないが「この木に実がなっているところは見たことがない」とも。実のならんスモモやったんか……そら、わからへん筈やわ。何にせよ長年の謎が解けて、胸がすっとした。

本日職場の卒業式。袴振袖のお嬢さん方で、職場はひと時花の園。平日にも関わらず、親御さんも結構来ておられる。中には愛犬(!)を伴ったご家族の方も。入学式・卒業式に来られるご両親は年々増える傾向にあるようだ。
by konohana-bunko | 2007-03-20 21:20 | 日乗 | Comments(2)

Spring has come

c0073633_2033493.jpg
ぼくの
c0073633_20332238.jpg
彼女を紹介します
c0073633_20333718.jpg
若いもんはええのう
by konohana-bunko | 2007-03-19 20:29 | 猫是好日 | Comments(0)

『連句のたのしみ』 高橋順子

c0073633_2324312.jpg
これは天地書房のなんば店(地下の方のお店)で購入。この日はもう1冊、別の連句の本と、岡部伊都子の本が買えてうれしかった。

連句(歌仙)やってみたいなあ、と思う。それも、そこそこに式目のしばりがあるもの。あまりがちがちもしんどいけれど、ある程度枠があった方が、面白そう。

以下引用。

平成五年、長吉四十八歳、順子四十九歳の秋、東京千駄木の袋小路の奥に借家を見つけ、まず長吉が移り、一週間後に順子が移り住み、入籍を済ませた。猫の額ほどの庭に紅葉の木があって、隣家の庭や路地に枝を広げていた。この木がたった一つ明るみをもたらしている陰気な家であった。偏屈な夫と、物好きな妻がそれゆえに気に入った家でもあった。(p129)

あ、と思った。ぼんやりしていて気が付かなかったのだが著者は車谷長吉の奥さんだったのだ。上の文章は、車谷長吉と著者の新婚旅行の折に2人で巻いた両吟歌仙「八雲立つの巻」の導入部分。結びの部分は、以下の通り。

歌仙をいっしょに巻いてみると、その人がどういう人であるのか、如実に知れるところがある。自分の連れ合いのことは分かったほうがいいのか、分からないままのほうがいいのか。この歌仙を巻いて、もとを言えば赤の他人であった男と女の中に、詩の言葉によって、はじめて魂の交流の時が流れたような気がする。長吉には苦行僧のごとく、自分を痛めつけたかなり長い期間があって、その結果、「泥の粥をすすって生きて来た」という思いが消えないらしく、絶望が皮膚のようになってしまっているところがある。それでもそこから時々這い上がって、可笑しなことを言ったりするのは、彼の中に何かを信じる心が消えずに残っていて、それが発現するからであろう。私のしてきた苦労は車谷からみれば物の数ではないが、それすら身につかない私は楽天家のお調子者である。(p142)


水洗ふ川瀬の芹や根は痩せて  長吉

   大気のひまにてふてふ生るる  泣魚

  ……

泥の舟崩れしあとは水鏡  泣魚

   隠岐への海路オリオン座見る  長吉

        (いもつま両吟歌仙「八雲立つの巻」より抄出。泣魚は著者の俳号。)

連句は一部だけで鑑賞するものではないとしても、この付け合いはとてもうつくしいと思う。何か、連句がどうこうと言う以前に、人と人との間にこういう出会いがあって、ほんまに、よかったなあ……と、全然違うところでしみじみしてしまった。
by konohana-bunko | 2007-03-17 23:24 | 読書雑感 | Comments(0)

春寒

c0073633_2053401.jpg
ストーブぬくいワ
c0073633_2113957.jpg
あ、お父さん
c0073633_20542354.jpg
ストーブ止めんといてな
by konohana-bunko | 2007-03-16 20:09 | 猫是好日 | Comments(0)

何もないところを空といふのならわたしは洗ふ虹が顕つまで


by このはな文庫 十谷あとり
プロフィールを見る
画像一覧