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大晦日の過ごし方

大晦日、思い立って靴箱の掃除を試みる。履かない靴、履けない靴、靴の空き箱を容赦なく捨てる。45ℓのゴミ袋1個で入りきらない。なんぼほど、あんねん。棚板を拭いて、消臭スプレーを振り、2007年のカレンダーを敷いて、残す靴を並べる。すっきり、すかすかになった。
棚の一番上、電気のブレーカーの下に、ミキハウスの紺色の靴を置いておく。これは、こどもたちが一番最初に履いた靴。これ、てのひらの半分くらいしかないで。小っさいなァ。

掃除中、空気を入れ替えようと玄関の扉を開けたら、ゴミ袋がびゅううと吹き飛ぶ。風強すぎ。寒いッ!



【猫ちょんぴの正しい大晦日の過ごし方】
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昼:こたつでうたたね
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夜:紅白観てまったり
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せえんのかああぜええにいいいいぃ

ではみなさま、どうぞよい新年をお迎え下さいませ。
by konohana-bunko | 2007-12-31 21:10 | 猫是好日 | Comments(3)

読書の記録 臘月

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読みかけの本も残っていますがそれは来年のご報告ということで。

『失踪日記』  吾妻ひでお  イースト・プレス 
『果心居士の幻術』  司馬遼太郎  新潮文庫
『木丹木母集』(歌集) 保田與重郎  保田與重郎文庫  新学社
『荒木経惟の写真術』  荒木経惟  河出書房新社
『歴史と視点』  司馬遼太郎  新潮社
『世界の魚食文化考』  三宅眞  中公新書
「ku:nel 2008年1月号 どんな住まい?」  マガジンハウス
『CAFE PHOTO magazine No.1』 エイムック



机の上に重ねて、どれから読もうかな、と楽しみにしている本。『古道具 中野商店』川上弘美、『芭蕉の狂』玉城徹、『カエルを釣る、カエルを食べる 両生類の雑学ノート』周達生、など、など。
2007年に読んだ本、133冊。来年は3ケタ読めればええと思う……無理して数をこなす、というよりは、もうちょっと内容をこころに留める方向で……。(^^;;)ともあれ、2008年も本と一緒に暮らしていきたいと思います。
by konohana-bunko | 2007-12-29 21:41 | 読書雑感 | Comments(0)

どんぐり

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職場で掃除をしていて、前触れなく「どんぐり」のことを思い出した。寺田寅彦の随筆の「どんぐり」。家に帰って読み返してみたら、これはちょうど今頃の季節、年末年始をはさんだ冬の話だった。

十九歳の厄年に妊娠した妻が年末に喀血をする。妻は寝付いたまま正月を迎え、家のことも滞りがちで、主人公である夫は気をもむ。病状がやや回復したため、久し振りに夫婦で外出することに。妻の支度が遅れて一悶着するも、何とか無事に出掛けた植物園の一角で、妻はこどもに戻ったように無邪気にどんぐりを拾う。大きなお腹をかがめて。

《どんぐりを拾って喜んだ妻も今はない。お墓の土には苔の花がなんべんか咲いた。山にはどんぐりも落ちれば、鵯の鳴く音に落ち葉が降る。ことしの二月、あけて六つになる忘れ形見のみつ坊をつれて、この植物園へ遊びに来て、昔ながらのどんぐりを拾わせた。こんな些細な事にまで、遺伝というようなものがあるものだか、みつ坊は非常におもしろがった。五つ六つ拾うごとに、息をはずませて余のそばへ飛んで来て、余の帽子の中へひろげたハンケチへ投げ込む。だんだん得物の増して行くのをのぞき込んで、頬を赤くしてうれしそうな溶けそうな顔をする。争われぬ母の面影がこの無邪気な顔のどこかのすみからチラリとのぞいて、うすれかかった昔の記憶を呼び返す。》(寺田寅彦随筆集 第一巻 岩波文庫 p10)

このあとの《「おとうさん、大きなどんぐり、こいも/\/\/\/\みんな大きなどんぐり」》というくだりで、鼻の奥が痛くなってしまうのであります。

写真、興福寺にて。
by konohana-bunko | 2007-12-28 22:42 | 読書雑感 | Comments(0)

ばたばた あつまる わらう 

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Buon Natale!

職場の仕事納めの後は庭の掃除でもしようと思っていたらばたばたといろんな予定が駆け込んで来てそんな暇はなさそうな予感。それでもお休みがあるのはうれしい。
23日、かばん関西歌会で難波へ。なんばwalkのえらい人出におどろく。歌会は、風邪も引かず急用も出来ず、いつものみなさんと無事集まることができて何より。久し振りのSさんも。そうそう。かばん関西はこの顔ぶれやないとネ。
帰宅後、M-1グランプリを見る。キングコングの漫才を見るのははじめて。個人的にはトータルテンボスのホテルマンのネタが面白かった。
お正月になったら、ブックオフに行きたいなあ。いつ行ったかてブックオフはブックオフなんやけどさ。
by konohana-bunko | 2007-12-24 22:23 | 日乗 | Comments(4)

夕飯時

「母ちゃん、そんな、カメラのマニュアル見たかて一緒一緒」
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「写真は腕とハートやデ!」
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「お魚焦げまっせ」
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by konohana-bunko | 2007-12-21 21:52 | 猫是好日 | Comments(4)

驚くまいか

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昨日短歌新聞――この「短歌新聞」が届くたびに「恐怖新聞」を思い出すのはわたしだけか?――が届いたので、読む。玉城徹氏の連載「子規を聴く 17」、今回のテーマは【口語の歌】。子規の「風呂敷の包を解けば驚くまいか土の鋳型の人が出た出た」という歌について書かれている。以下引用。

《さて、この歌の「驚くまいか」は、どう解すべきであろうか。ちょっと、まごつく。ふつう「まいか」は、人を誘って、自分の意思を示すのである。「行かまいか」あるいは「行こうまいか」は、「さあ、行こう」というぐらいの意である。
ところが、この「驚くまいか」は、その用法とは、少しずれたもののように見える。「驚くではないか」という詠嘆のつもりかも知れない。
いったい、愛媛県松山のあたりで、こういう方言を用いたものかどうかは、誰か、調べてもらいたいものと思う。結句の「人が出た出た」は、その時の感じが躍動して巧みなものである。》

どなたか、松山ご出身の方、いらっしゃいませんか。



「まいか」と「方言」で思い出したのは、讃岐の伯母のこと。父は讃岐高松の出身で、若い時に大阪に出てきたために、讃岐ことばのイントネーションで大阪弁を話していた。一方、父方の伯母は讃岐国から一歩も出たことのない人だった。
こどもの頃、父の郷里に行くと、伯母があれこれと話しかけてくれる。伯母のことばは、父のことばに似て親しく響くのだが、大阪育ちのわたしには、伯母が何を言っているのか、半分くらいしか聞き取れなかった。
父は横で、にやにやしているだけで、翻訳はしてくれない。
その伯母にある時、「おいでまい」と言われて、わたしは混乱してしまった。
ご存知の方も多いと思うが、「おいでまい」というのは讃岐のことばで「来て下さい」の意。伯母は「また高松に遊びにおいで」と言ったわけだ。それをわたしは(〈あんたはもう来んやろう〉というのはどういうことなん??)と勘違いしてしまった、という話。

今でも何かの折に、讃岐ことばを耳にすると、こんな些細なことを思い出してなつかしい気持ちになる。



写真、風草木さんにて。
by konohana-bunko | 2007-12-12 22:09 | 日乗 | Comments(3)

チャイ、頭塔、荒木経惟

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某日夕方、近鉄奈良駅から、市内循環バスで破石町まで。
日没近く、駅前や道路は、帰宅ラッシュで往来がはげしいけれど、バスが春日大社の鳥居あたりまで来ると、人影がほとんどなくなり、原っぱの向こうの方に、鹿が歩いているのだけが見える。
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カフェ南果で、かねちょもさんおすすめのチャイをいただく。香りがきつくなくて、紅茶の味がきちんと楽しめて、うれしい。おいしかった。
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破石町のバス停のすぐ奥、駐車場のフェンスの向こうに、不思議な丘(?)が見える。これが頭塔。頭塔、奈良の仏教関係の遺跡の中で一番地味なスポットではなかろうか。でも、ここの石仏が、いいんだ。また、春になったら、写真を撮りに来たい。
駅まで戻って、智林堂さんで『荒木経惟の写真術』(河出書房新社)を買って帰る。
by konohana-bunko | 2007-12-11 23:25 | 日乗 | Comments(2)

ちょんぴの肖像

猫ちょんぴ。
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ちょんぴの肖像。
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似てる!!
by konohana-bunko | 2007-12-08 22:59 | 猫是好日 | Comments(5)

『近世歌人の思想』  玉城徹

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近世江戸時代の歌人(香川景樹、賀茂真淵、田安宗武、上田秋成、小沢芦庵、良寛、橘曙覧)についての論考が11編収められている。(こんな分厚うて字ィの小っさい本、よう最後まで読むんかいナ)と思っていたら、読めた。うれしかった。この本と出会ったことがうれしかった。書いてあることはとてもむずかしい。むずかしくて、わからなくても、わたしには魅力的だった。蟻が、大きな鳥にさらわれて、生まれて初めて大地を俯瞰したら、こんな気分になるか。もう、ほとんど眩暈に近い。

「木下長嘯子の世界」という章の中で、芭蕉の話が出てきたところがつよく印象に残った。前後がないと伝わらないかとは思うが、引用してみる。

《それにつけて、思い出されるのは、芭蕉が『野ざらし紀行』中の一節です。「猿を聞人捨子に秋の風いかに」。

いかにぞや、汝ちちに悪(にく)まれたるか、母にうとまれたるか。ちちは汝を悪(にくむ)にあらじ、母は汝をうとむにあらじ、唯これ天にして、汝が性(さが)のつたなきをなけ。

富士川のほとりで、あわれげに泣く捨て子に、芭蕉は、「袂より喰物なげて」通り過ぎた。》(p327)

《近代の解釈が、芭蕉像を「人間的に」(余りに人間的に)樹立せむとする余りに、ここに捨て子を救い得ない自分の無力さへの痛恨を見ようとしたりすることに、わたしは賛成しがたい。芭蕉の目標は、どこまでも「汝が性のつたなきを泣け」という命題の設定にあった。そして、芭蕉自身、みずからの性のつたなきを泣こうという意志の、それは、表現であったのです。》(p328)

《雪の山いただく市女商人も老はうられぬ物にぞありける

初しぐれ猿も小蓑をほしげなり

単に同情などと言ってはまずいでしょう。それより存在することの悲哀に対する、かぎりない感情の波動が、見られます。「汝が性のつたなきを泣け」としか言いようのない、いわば、お手あげの暗さの中から、しかし、ぽっかりと青空のように笑いがさしのぞくといった具合です。》(p368-369)



「汝のつたなきを泣け」。本の内容をまったく離れて、このことばがこころにひびく。何や、そんだけでよかったんやん、と思う。泣いて、気が済んだら、ご飯を食べることを考えればいい。誰の頭の上にも、青空はあるのだ。
by konohana-bunko | 2007-12-06 22:14 | 日乗 | Comments(2)

鮮魚列車

朝、最寄の駅の地上ホームで急行を待っていたら、上のホームに長いこと停車している電車が見えた。
準急かな?と思ったら、鮮魚列車だった。
雨の中、上本町方面へ出発する鮮魚列車。
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鮮魚列車に乗ったことはないが、午後3時~3時半頃の普通の電車で、伊勢からの行商帰りの人と乗り合わせることは、よくある。ブリキの衣装缶みたいなのを、担いだり、コロ付の台車に載せたりして運んでいる。
何曜日だったか、富雄の駅の近くで見かける魚屋さんは、小さいトラックで行商に来る。荷台にまな板を広げて、調理(三枚おろしとか)もしてくれる。チラ見する限り、鮮度もよさそう。楽しみに買いに来る、お得意さんが、いるんだ。わたしもお得意さんになれたら、と思いつつ、持って帰るのがなァ……と、躊躇する。発泡スチロールの箱と、ジップロックと、保冷剤があったらいけるか?(一体、職場に、何をしに?!)
by konohana-bunko | 2007-12-03 22:13 | 日乗 | Comments(3)

何もないところを空といふのならわたしは洗ふ虹が顕つまで


by このはな文庫 十谷あとり
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