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いまどきの koneta

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ローライズ。
by konohana-bunko | 2008-10-27 23:27 | 日乗 | Comments(0)

ちょんぴがんばれ

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駄猫ちょんぴの近況。ここ5日ほど、ほとんどご飯を食べない。缶詰すべてダメ。百貨店の鮮魚売り場で買ってきた魚もダメ。かつおパックをほんの一口。水はよく飲み、トイレもする。日中のほとんどを炬燵の上でうたたねをして過ごす。たまに「あおあお」と大声で鳴く。骨と皮ばかり、抱き上げると紙のように軽い。もう、体重を計るのもおそろしい。
顔だけは元気そう。って、猫やから顔色わからへんのやけど。

ちょんぴがんばれ。生きろー。

(10月24日追記)
23日、病院に行き、血液検査・点滴を受けてきました。今のところ変わりはありません。こちらをご覧下さいましたみなさま、コメントを下さいましたみなさま、ありがとうございます。
by konohana-bunko | 2008-10-22 22:36 | 猫是好日 | Comments(11)

絵のない日記

備忘録として。

12日(日)
・新大阪、「玲瓏の集ひ」。1年ぶりにお目にかかる方がたくさん。和歌山からいらしたOさんに、お世話になったお礼が遅れたことをお詫びしたら「いやーそんなんかまんかまん」と、笑顔。紀州ことばが聞けてうれしい。めずらしく二次会にも参加。〈近所のこどもがオウム真理教の指名手配ポスターを見て「あっ、お父さん!」と叫んだ〉などと下らない話で笑いをとる。何の話の流れか、K先生が「原武史の『大正天皇』読みなさい。ぼくは明治天皇より大正天皇が好きや!大正天皇最高!」と怪気炎をあげられる。他にもいろんな方から楽しいお話を拝聴。【反省】居酒屋、最初の飲み物はウーロン茶にすべし。カルピスではお刺身に合わず。

18日(土)
・息子2号と東京へ。新幹線の京都駅ホームでカメラにバッテリーが入っていないことに気付く。バッテリー、チャージャーに差しっぱなし……うちの台所や……orz。
・電車の窓から見えた有楽町のビックカメラに飛び込み、バッテリーの値段を見るも、「チャージャー込みで1万円を超えます」との説明に挫折。カメラを入れた鞄が重い。
・息子2号のリクエストに応えて渋谷109②へ。(渋谷にもビックカメラがあったやないか!)人多すぎ。109の中、何か間違った星に来てしまった人の気分。お買い物少し。
・水道橋からブック・ダイバーさんへ。お久し振りです。みなさんお変わりなく、何より。先に寄せてもらった時より本が増えてにぎやか。ひっきりなしにお客さんが入っていた。甘夏さんのブック・カバーもすてき。『こっちむいてよジジ 猫を上手に撮る方法』『私の食物誌』(吉田健一)を買う。Hさん、古本ピックルスさんと「さぼうる2」でひととき歓談。お会いするのが2度目とは思えないほどいろんなお話をさせてもらう。カレーを食べた息子2号、大人の話に退屈して寝る。
・Hさんに教わった「上海朝市」でチャーシュー麺と春巻。もっす美味。厨房でコックさんが麺の生地を縄跳びみたいににゅんにゅん振り回しながら伸しているのが楽しそうだった。
・宿泊先まで靖国通りを歩く。閉店まぎわの古本街、古本の匂いだけ嗅いで。「エンタの神様」見て寝る。

19日(日)
・地下鉄丸の内線で方南町。今回の東下りのメインの目的地、普門館へ。普門館はご存知の方はご存知、「吹奏楽の甲子園」。全日本吹奏楽コンクール高校の部。息子1号の団体の演奏を聴く。ほんまにこの日が来ようとは。(泣)淀川工科高校の「大阪俗謡による幻想曲」もみごとだった。
・帰りはくたびれてどこにも寄らず。東京駅構内で『彼もまた神の愛でし子か 洲之内徹の生涯』(大原富枝)を買う。豊橋あたりで、新幹線の窓から、大きな赤い夕日を見る。
by konohana-bunko | 2008-10-21 22:12 | 日乗 | Comments(6)

小野茂樹 小名木綱夫

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『現代短歌大系11』からの抄出、つづき。

小野茂樹  『羊雲離散』抄 より

朝空を揺らしてわれら別れたりどこでも新聞を売る朝なりき

てのひらを水面に押せばあふれつつこの直接もきみを得がたし

飴色の蟻の死とわが気付くまで昏れむとむしろ明るき日ざし

材木のあまき匂ひの漂ひを行き過ぐるとき風の壁あり

あの夏の数かぎりなきそしてまたたつた一つの表情をせよ

剪られたる花々の茎地にあれば霧は下れり一夜をこめて

垣間見しゆゑ忘れえぬ夕映えのしたたる朱は遠空のもの

母は死をわれは異なる死をおもひやさしき花の素描を仰ぐ

鉛筆の芯のとがりの輝けば夕づく日ざし机上にあそぶ

くさむらへ草の影射す日のひかりとほからず死はすべてとならむ

ゆきずりのわが魂にぬかるみをなづめるとほきくれなゐの傘

小名木綱夫  『太鼓』抄 より

おほかたの書物は焼けて寂しさの日にけにつのる麦は穂にでて

粥を待つ小さき口に歯の二枚あらはに吾児は掌をうちまてり

何か云ひ抛り出せし人形を乳のみ了へてまた抱きにゆく

夫われが仕事にて更ける夜の刻(とき)を帰り待つ妻はぼろくそにいふ



引用終わり。今回この夭折歌人集の中で一番多くノートに写したのが小野茂樹だった。「あの夏の数かぎりなき―」や「くさむらへ草の影さす―」はあまりにも有名だけれど、その他にも余情たなびく歌がたくさんあってうれしかったのだった。並びの最後にある「ゆきずりのわが魂に―」、すごくいい。でもこの歌、いざ読み解くとなると難しそう。

対して、小名木綱夫(1991-1948)の歌は伝えたいことそのままの歌でわかりやすい。思うに任せない日常を詠んだ作品が多かったが、その中にぽつぽつと出没する妻子の姿がいきいきとしていた。

次はいよいよ最終回。
by konohana-bunko | 2008-10-15 14:29 | 読書雑感 | Comments(5)

希望

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舌、出しっぱなしだっせ。



玲瓏賞いただきました。
歌と出会ったことに、歌を通して出会えたみなさんに、感謝いたします。
ありがとうございました。

歌はわたしの希望です。
これからも、どうぞよろしくお願い申し上げます。
by konohana-bunko | 2008-10-12 23:03 | 猫是好日 | Comments(10)

相良宏  岸上大作

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ひきつづき、『現代短歌大系11』より引用。

相良宏  『相良宏歌集』抄より

こひねがひなべて虚しく手を涵す秋のれんげのやわらかにして

犬の仔を犬の乳房に押しつけて少年はたのし手を一つ拍つ

暗緑の脚らもがけるかなぶんぶん眠りの前のやすらぎとなる

生活といふには淡き生活の或る日心電図をとられをり

四月より五月は薔薇のくれなゐの明るむことも母との世界

ながらへて脆き前歯を欠かしめし白桃の核を側卓に置く

岸上大作  『意思表示』抄より

意思表示せまり声なきこえを背にただ掌の中にマッチ擦るのみ

海のこと言いてあがりし屋上に風に乱れる髪をみている

血と雨にワイシャツ濡れている無援ひとりへの愛うつくしくする



引用終わり。相良宏(1925-1955)は、3年くらい前、塚本邦雄の評論に引用されていた「生活といふには淡き生活の或る日心電図をとられをり」という一首を目にしてから、一度読んでみたいと思っていた歌人。仕事の行きがけ、ちょうど西大寺の駅で一旦電車を降りて、5番線ホームから3番線ホームへ移動する時にそのくだりにさしかかったのだった。

歌集を読んで、いいと思った歌を抜き書きする。そのノートに写した歌の中から、またいくつかを選んで、ブログに転記する。好きな歌集で行うこの作業は楽しい。
読む時の気分や体調によって、選ぶ歌は違ってくる。今の自分は割合静かな歌に惹かれるらしく、岸上大作はあまり気持ちにひっかからなかった。中城ふみ子の歌なら、愛憎がきつく匂う、いかにもふみ子らしい歌よりも、「絵本に示す駱駝の瘤を子が問へば母はかなしむその瘤のこと」の方が身にしみる。

昨日よいと思った歌を、今日いいと思うとは限らない。何年たっても、何度読みかえしてもその都度あたらしく惚れ直す歌もあると思う。だから自分が歌を書くときは(どうか少しでも長い時間の「読み」に耐えられる歌になりますように)と、祈るような気持ちになる。
by konohana-bunko | 2008-10-11 22:28 | 読書雑感 | Comments(0)

中城ふみ子 浜田到

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『現代短歌体系11』(三一書房)、「夭折歌人集」より引用。

中城ふみ子  『乳房喪失』抄より

出奔せし夫が住みゐるてふ四国目とづれば不思議に美しき島よ

母を軸に子の駆けめぐる原の昼木の芽は近き林より匂ふ

絵本に示す駱駝の瘤を子が問へば母はかなしむその瘤のこと

冬の皺よせゐる海よ今少し生きて己れの無惨を見むか

砕氷をとほく棄てにゆく馬車とならびて青の信号を待つ

子が忘れゆきしピストル夜ふかきテーブルの上に母を狙へり

公園の黒き樹に子らが鈴なりに乗りておうおうと吠えゐる夕べ

浜田到    『架橋』抄より

さはやかなランプに翳す雪の夜のこの手の匂ひ誰のものか知らず

ちひさき灯、生の表面(おもて)へのぞかせつ秋おもむろに果実店熟る

哀しみは極まりの果て安息に入ると封筒のなかほの明し

天道虫に晴曇の斑(ふ) みづからを攀づるが如くきたりて中年

水族館に灯が点りをり医者の耳に人生まれ人死にやまず

天井薔薇色に焚火の男生(あ)るるとき深夜校舎に使丁を愛す



引用終わり。中城ふみ子(1922-1954)のことはみなさんご存知かと思う。浜田到(1918-1968)の名前は(恥ずかしながら)今回この本ではじめて知った。アメリカ生まれ、医師で、往診の帰路、自動車事故で亡くなったとある。
by konohana-bunko | 2008-10-10 13:11 | 読書雑感 | Comments(0)

夭折歌人集

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9月のいつだったか。上本町の天地さんの均一台を眺めていたら、全集の端本、黒い函の背にある「夭折歌人集」という文字に目が捕まった。正確なタイトルは『現代短歌大系11 新人賞作品 夭折歌人集 現代新鋭集』。
全集本はいろんな意味で重いので、普段はあまり拾わないようにしているのだが、大岡信・塚本邦雄・中井英夫責任編集やし、300円やし、買およ買およ、と頭の中で自分の声がしたので手に持ったままお店に入った。その後店内を一回り、ウォーナーの『日本彫刻史』と合わせて2冊買う。ウォーナーの方は帰りの電車の中で大方読んでしまった。(何せ、1/3は彫刻の写真だったので。)

で、この本は買ったまま数日、本の山の上に放ったらかし。次の休みの日にようやく(そうそう、この本誰だれが載ってんのん)と、目次を開いてみた。
内容は「新人賞入賞作品」「夭折歌人集」「現代新鋭集」3部構成。「新人賞」の部には入賞の石井辰彦、最終候補の岩田憲生を含め26人の名前があがっている。そして残りの2部には、以下の歌人の作品が出ていた。

「夭折歌人集」  中城ふみ子  浜田到  相良宏  岸上大作  小野茂樹  小名木綱夫  杉原一司  杉山隆

「現代新鋭集」  平井弘  清原日出夫  浜田康敬  新城貞夫  村木道彦  福島泰樹  須永朝彦

(「現代短歌の宝石箱や~!」って叫んでもいい?!)と、頭の中で声がする。翌日からずっと、この本ばっかり読んで、ノートに歌を写して、肩凝らして、もうほんま、うれしいてうれしいて。

次のエントリーから、好きな歌を抜き書きしてご紹介します。
by konohana-bunko | 2008-10-09 22:36 | 読書雑感 | Comments(3)

銅版画その3

2枚目の銅版画の顛末。
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エッチングで形をとったところ、試し刷り。1時間腐食。ちょっと線が途切れたところがあったか。
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3段階(20分、15分、10分)に分けて、アクアチントが終わったところ。今回は背景(水の部分)に粒の粗い松脂を使ってみた。腐食が全部終わったところで、藻の柄のところをバニッシャー(金属の耳かきをもっす頑丈にしたみたいなの)で磨く。根気よく。
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3枚目で藻が半透明に見えるようになっただろうか?この作品は、これで完成。大きさは8㎝×7.5㎝。
銅版画、手間をかけて作るのが面白くなってきた。でも次はもうちっと小さい版に細かく描き込む作品にしようと思う。(汗)
by konohana-bunko | 2008-10-07 23:25 | 日乗 | Comments(6)

『日記をつける』  荒川洋治

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井上荒野さんだったか、お父さんが物書きで自分も小説家になった人の談話が、ちょっと前の新聞に出ていた。
その人はこどもの頃から、お父さんから、文章について批評を受け続けてきたのだという。
――例えば夏休みに、宿題の絵日記を書くとする。「何月何日晴れ。今日は……しました」と書くと、お父さんが
「日記は今日のことに決まっているだろう」
と言う。そこで「わたしは……しました」と書けば、またお父さんが
「日記なんだから『わたし』がしたに決まっているだろう」と言う、そんな親子だった、といった話。
(へええ)と、ちょっと印象に残ったのだった。

荒川洋治『日記をつける』(岩波アクティブ新書)を読む。それこそ夏休みの絵日記から、文豪の日記まで、いろんな日記の話が出てくる。日記から小説やエッセイが生まれたりすること、和歌/短歌と日記の親和性などの話の流れの中で、俳句のことに触れている部分が面白かった。以下引用。

〈俳句と日記の関わりも深い。またその関係はユニークなものだと思う。ぼくは俳句を見るたびに(俳句をつくったことがないのでそう思うのだろうが)思う。俳句はどのようにして生まれるのだろうと。
名句といえば、高浜虚子であろう。まあ、これだけすごいものをよくもいっぱいつくったものだと思う。
(中略)
俳句は普通、あちこち歩いて、その場で浮かぶ。吟行である。だが、いくら名人でもいきなり、いいものが飛び出すものではない。ひとつふたつそこでつくって、それを竹とんぼのように飛ばしてみて、あら、落ちた、なんてこともしょっちゅう。
同じものを詠むにしても、何度か、五七五の一部をとりかえて、これはどう、ならばこれはと、ぶつぶついいながら、ひねる。そして「鞍馬の秋二十句」などという題で雑誌などに発表されるのである。その意味では実にはらはらどきどきなのだ。きわどいものなのだ。
名句の前後には、平凡な句が並ぶことになる。その虚子の『小諸百句』(昭和二一年)から、ひとつながりにつくられた句と思われるところを引く。そこに掲載された順序で、おそらくつくられたはずである。

初蝶来(く)何色と問ふ黄と答ふ
初蝶が来ぬ炬燵より首を曲げ
初蝶の其後の蝶今日は見し
うるほへる天神地祇や春の雨
懐古園落花の萼(うてな)を踏みて訪ふ
ものかげの黒くうるほふ春の土
山国の蝶をあらしと思はずや

虚子は「初蝶」ではじめるもので、なんとかひとついいものをと思って「初蝶」「初蝶」と呪文のごとく唱えたが、失敗。少しその小諸・懐古園でぶらぶら。あっちこっちと見回したが、浮かばない。というときに、蝶を、うしろへやることに気づいて、「山国の蝶をあらしと思はずや」(注・「あらし」ではなく「荒し」とする本もある)。あっけなく、いい句が飛び出した。しめしめ、というところか。
いっぽう苦しいときは苦しい。「山寺に」「山寺に」などと、同じアタマが二句、三句とつづいているところや、「春眠の」「春眠を」「春眠や」「春眠の」とまるでリンカーンの「人民の」みたいに、ことばを撃ちつづけて苦しんでいる例もある。まさに苦吟である。
このようにあれこれをためし、時機をを待つ、あるいは少しずつしぼりこんでいく。これが俳句のつくり方のひとつであろう。一日、一時を五七五であらわす。それが俳句の本質である。だから俳句という日記の一日はつねに書き換えられる定めなのだ。また書き換えられることに、いのちがある。蝶が、まんなかに飛び込むまで?長い一日がつづく。
ことばを換えれば無駄の多い長い一日だ。そしていちばん良い一日が出るまで、がんばるのだ。ねばるのだ。くたびれるのだ。それが俳句なのであろう。〉

引用終わり。これらの句が本当にこんなプロセスを経て書かれたのかどうかはわからないけれど、確かにこんな風に句を作ることはあると思う。こういう一種の「謎解き」の文章も、面白い。

一句(一首)ができる過程、何がきっかけになり、どんな企みが仕組まれ、読者にどうぶつけられるか。このプロセスを、俳句(短歌)の実作者が赤裸々に書いたら、面白い読み物になるのではないかと思うのだが。どうだろう。
実作者ではないが、短歌俳句を愛し、実作者の心理にもよく通じた第三者が書いた本なら、ある。小林恭二の『俳句という遊び』『俳句という愉しみ』そして『短歌パラダイス』(いずれも岩波新書)だ。この3冊は大事に大事に本棚に並べてある。大人になってからこんな「血湧き肉躍る本」にはなかなか、会えそうで会えない。
by konohana-bunko | 2008-10-01 21:26 | 読書雑感 | Comments(2)

何もないところを空といふのならわたしは洗ふ虹が顕つまで


by このはな文庫 十谷あとり
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