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おおきな鞄、黄色いしみ

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仕事に出かける。鞄が重い。
なぜなら鞄が無駄に大きいからだ。
なぜそんなでかい鞄を持ち歩くかというと、荷物が多いからだ。
財布ハンカチ鍵、携帯電話シャープペンくらいは、おおかたの人は持ち歩くだろう。そこへ加えてタオルが3枚。(職場で使う。)無印のノートか、最近ならpomera。かてて加えて本とカメラが入る。そらね、重いよ。
さすがに反省して、通勤本はつとめて文庫本にすることに。今は岩波文庫、『中勘助随筆集』。

今日は職場で印刷をする。印刷屋さん仕事は「成し遂げた感」があって好きだ。
500枚は普通のコピーだからすぐ。次はタックシール30枚、これは乾きが悪いので1枚ずつ刷っては机の上に広げて乾かす。あとはがきが500枚。表はコピー機の手差し印刷、裏はカラーなのでインクジェットプリンタで。コピー機のある演習室と自分の部屋を行ったりきたり。
帰りの電車で、手のひらに黄色いインクのしみがついているのに気付く。印刷途中で、黄色のインクが切れて、カートリッジを取り替えたのだった。
(テントウムシを捕まえた手みたい)と思った。
by konohana-bunko | 2009-02-24 22:20 | 読書雑感 | Comments(4)

声をかけられるはなし

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夕方、駅前を歩いていると、ティッシュ配りやビラ配りの人と出会う。消費者金融や美容院の宣伝が多いが、時に、乗馬クラブの宣伝もやっている。
乗馬クラブはここの駅から車で30分くらいの山の麓にあるのだ。
乗馬クラブの営業は、お兄さんがやっている。乗馬用のブーツを履いているからすぐわかる。その若いお兄さんが、いつどんな時でも、必ずと言っていいほどわたしに
「こんにちはー!馬に乗ってみませんかー?」
とチラシを手に近づいてくるのだ。
消費者金融の人や美容院の人は、避けて歩いていたらわざわざ寄っては来ない。しかしこの乗馬クラブ青年だけはどしどし攻めてくるのだ。笑顔とチラシと声掛けで。
これはどういうことか。
いかにも動物好きそうに見えるからか。
それとも、わたしは秣くさいのか。あるいはよっぽど、馬にでも乗って運動した方がよろしそうな体型なのか。
何だかようわからんが、とにかくわたしは乗馬クラブのターゲットど真ん中であるらしい。そうわかってくると、なおかなわない。(来るで来るで)と思っていたら、いや思うよりも早く確実に彼はやって来るのだ。
チラシをもらったらわたしの「負け」のような気がする。
by konohana-bunko | 2009-02-19 22:13 | 日乗 | Comments(2)

ウタノタマゴ*22

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ヒゲナガクツメトキハハヲコフナラムマドベノネコハアサキネムリニ
by konohana-bunko | 2009-02-19 21:31 | 空中底辺 | Comments(2)

フジケイ堂天理店

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所用で天理へ。駅から商店街に入ってすぐのところに古本屋さんがあるのに気付き、おどろく。どこかで見たような本の積み方……と思ったら、フジケイ堂さんだった。(棚の前に本が横向きに積み上げてある。)お店の方に尋ねたら、昨年12月10日に開店された由。
そう言えばちょっと前、ここをよく通る息子1号が「古本屋さんが出来とったデ、母ちゃん今度行ってみ」と話してたっけ。ああ人の話はちゃんと聞いとかなあかん。
均一の箱に「こどものとも」がぎっしり。絵本の棚で、ささめやゆき/中澤晶子『幻燈サーカス』630円を見つけて、買う。これ前々から欲しかったので、うれしい。
これで天理に来るたのしみがひとつ増えた。うれし。
by konohana-bunko | 2009-02-18 22:13 | 古本屋さん見聞記 | Comments(0)

外の猫、うちの猫

家からすぐ近くなのに、あまり歩いたことのない町にて。
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猫と目が合う。

毎日元気に遊ぶルイルイ。
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この紐おじいたんにもらったのー。えへッ」
by konohana-bunko | 2009-02-17 20:47 | 猫是好日 | Comments(2)

ウタノタマゴ*21

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エキヲスグルレツシヤノマドユホノホノトトホクケブレルシラウメヲミツ
by konohana-bunko | 2009-02-16 20:31 | 空中底辺 | Comments(2)

ウタノタマゴ*20

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ハルニハハルノアメニハアメノヒカリアリウツムケバくりすますろーずニマダラ
by konohana-bunko | 2009-02-14 18:32 | 空中底辺 | Comments(2)

毛布と猫

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ステキな毛布の上のステキなあたち


……だれでちか「お腹出てる?」なんて言うのはッ!
by konohana-bunko | 2009-02-13 22:20 | 猫是好日 | Comments(6)

『私の食物誌』  吉田健一

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秋にブック・ダイバーさんにお邪魔した時に買った本。解説は金井美恵子。わたしの中で細々と続いている吉田健一マイブーム。

食のエッセイといえば、昔は開高健のものをよく読んでいた。開高健、高校の時は結構ハマっていたのに、最近は古本屋さんで見かけてもあまり手が出なくなってしまった。何でやろ。以前はわくわくしながら読んでいたのだが。痛快の裏返しで、ちょっと鼻についたり、荒っぽく思えたり……ああ、読み手が老化したということか。

今もし誰かに、開高健のおすすめは?と訊かれたら、エッセイよりも小説、中でも『夏の闇』と『耳の物語』と答えると思う。(どっちも読むのがしんどい本やけど。)特に、『耳の物語』、娘(道子)が出てくるくだりが好き。ひとつは、娘が何気なく口ずさんだ歌で、お父さん(健)がベトナムで観た映画のことを思い出すシーン。もうひとつは、夫婦喧嘩に参戦して、殴りかかってくるかと見えた娘が、「テッテケテー」とベッドに倒れ込んでしまうシーン。

閑話休題。この本に収められている食べものの話は、あまり蘊蓄には傾いていない。「これは何でできているのか知らないが」「自分が今までに食べた限りでは」といった台詞がちょこちょこ出てくる。だから、目次に羅列された美味しそうな食べものの名前に惹かれて、知識欲を満たそうと読み始めると、ちょっと当てが外れた感じを受けるかもしれない。
作者は自分が食べたことのある美味しいものを題材に、トリビアよりも、もっと本質的な話がしたいようだ。それが、比喩に表れている。文章そのものはちょっと癖があって、すらすらとは読めないのだけれど、ものの喩えがとても真っ直ぐなのだ。例えば、まっとうに手間をかけて作った美味しいものは、「青空のようだ」とか、「日向のようだ」とか。

以下引用。

《一体に人間はどういうことを求めて一人で飲むのだろうか。そうして一人でいるのに飲むことさえも必要ではなさそうにも思えるが、それでも飲んでいれば適当に血の廻りがよくなって頭も煩さくない程度に働き出し、酒なしでは記憶に戻って来なかったことや思い当たらなかったことと付き合って時間が過せる。
併しそれよりも何となし酒の海に浮んでいるような感じがするのが冬の炉端で火に見入っているのと同じでいつまでもそうしていたい気持を起させる。この頃になって漸く解ったことはそれが逃避でも暇潰しでもなくてそれこそ自分が確かにいて生きていることの証拠でもあり、それを自分に知らせる方法でもあるということで、酒とか火とかいうものがあってそれと向い合っている形でいる時程そうやっている自分が生きものであることがはっきりすることはない。そうなれば人間は何の為にこの世にいるのかなどというのは全くの愚問になって、それは寒いときに火に当り、寒くなくても酒を飲んでほろ酔い機嫌になる為であり、それが出来なかったりその邪魔をするものがあったりするから働きもし、奔走もし、出世もし、若い頃は苦労しましたなどと言いもするのではないか。我々は幾ら金と名誉を一身に集めてもそれは飲めもしなければ火の色をして我々の眼の前で燃えることもない。叉その酒や火を手に入れるのに金や名誉がそんなに沢山なくてはならないということもない。》

わたしは下戸だからお酒はいらない。焚き火がいい。浜辺で焚き火がしたいなあ。
by konohana-bunko | 2009-02-10 21:24 | 読書雑感 | Comments(2)

pomeraで歌を書いてみたり

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歌を書く作業は、だいたい手書きのメモのかたちから始まる。無印良品のらせん綴じのノートに、シャープペン。思いついたことばを書いては捨て書いては捨て――消しゴムは使わない。書き損じたり、違うと思ったときは書き直す――おおかた固まったら、手書きで清書し、それをふたたびパソコンで打ち直す。ここまでずっと横書き。横のものが縦になるのは最後の最後、原稿をWordで印刷する段階になってから。
歌に限らず何事も、いっぺんにぱッとことが仕上がらない人間である。工程のどこかをスキップしてもよさそうなものだが、一連の作業にリズムみたいなものがあるといえばある。紙から画面に移すとき、横書きから縦書きへ移すとき、少なくとも、一旦は立ち止まって再読する。推敲するしないは別として、この「間」は必要だ。

出先で歌を思いついたら、携帯電話でメモを取る人も多いだろう。あれができたら便利だろうと思う。しかしわたしはあの「親指入力」というのが限りなく苦手だ。平仮名一文字を呼び出すあの面倒ときたら!字を探している間に何を考えていたのか忘れてしまう。
単なる慣れの問題なのだ。わたしはブラインドタッチでキーを叩くのは(さほど速くも正確でもないが)一向に苦にならない。

ずっと前から、小さい小さいワープロみたいなものがあったら欲しいなと思うことは何度もあった。歌はせいぜい一行だから、手書きでも何とでもなるが、ちょっと(こんなblogの記事程度の長さでも)文章を書こうと思ったら、もう手書きではどうにも「筆が進まない」。
かと言って、ノートパソコンは、わたしがやりたいことに対して、高くて重くて大袈裟すぎる。それに、パソコンはネットにつないだらおしまいだ。水は高いところへは流れてくれない。だらだらネットばっかり見て歌なんぞ書かないに決まっている。

そこでpomeraという話になってくる。一番心配だったキータッチが、きゅうくつながら、通勤電車の膝の上でも打てるクオリティだったのがうれしかった。打った字がちまちまと積み重なっていく様子、(これどっかで見たことあるなぁ)とよくよく考えたら、思い出した。ゲームボーイの初代機でやったテトリスに似ている。
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ま、歌でも文章でも中身が大事なわけで、たかが道具されど道具と言ってしまえば、それまで。でもちょっとした気分や使い心地が、こころのはずみになるのなら、それも悪くないかと思う。pomeraなかなか、使えるで。ええで。
http://www.kingjim.co.jp/pomera/
ただスーツの胸ポケットには無理やと思う。作業着やったらともかく。
by konohana-bunko | 2009-02-09 22:38 | 日乗 | Comments(2)

何もないところを空といふのならわたしは洗ふ虹が顕つまで


by このはな文庫 十谷あとり
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