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水滴

雨の日。駅に着き傘を閉じる。濡れた傘を、水滴ごとくるくる丸めて帯で止める。傘についた自分の町の雨を連れて、電車に乗る。快速急行は峠を越え、橋を渡り、街へ出る。わたしと一緒に電車を降りたら、次に水滴が見るものは、ビルと並木の合間の細長い曇天だ。わたしが傘を忘れさえしなければ、だが。
by konohana-bunko | 2011-07-31 14:23 | 空中底辺 | Comments(2)

朝六時の散歩

朝六時、散歩の犬たちとすれ違う。飼い主は眠そうだが、犬の足どりは軽い。犬が踏みしめている路面も、今ならまだひんやりしている。尾を振り歩む彼らの姿を見ていると、羨しさが兆す。たとえ一日一度でも、あんな風に勇躍とこころを弾ませることができたら。身体の隅々にまで、生命の光を充満させて。
by konohana-bunko | 2011-07-29 14:22 | 空中底辺 | Comments(0)

闖入者

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窓の外を見て驚くルイルイ(尻尾ぶんぶんぶん)
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そしてルイルイと目が合って総毛立つ他所の猫氏

たまに当方のベランダにご来訪あそばすこの猫氏、ご近所の飼い猫らしい。雌のような気がするのだが、わからない。そんなにビビるくらいなら無理に遠征して来なくてもいいのに……。とにかく、車には気ィ付けなあかんよ。
by konohana-bunko | 2011-07-29 09:23 | 猫是好日 | Comments(3)

夜の王将

野菜を炒める音、食器が触れ合う音、注文を復唱する声の合間に聞こえてきた若いサラリーマンの声。「アライグマ出たんやて」「へぇ、クマ出たん!」「クマとちゃう。ア・ラ・イ・グ・マ」「ええっ、荒っぽいクマ?!」漫才ちゃいまっせ。ビールの気が抜けるような大阪人の会話。餃子の王将、夜の店内。
by konohana-bunko | 2011-07-27 09:58 | 空中底辺 | Comments(2)

白雨

夏の午後。さっきまで白く輝いていた入道雲が頭の上に崩れて来た。光が弱まり、影の輪郭がやわらぎ、あらゆるものが濃い色を取り戻した。アスファルトも、山も、田圃の隅の百日草も。雷鳴が一つ、また一つ。白雨が降り始めたら、全てのものの色はもう一度変わるだろう。何もかも、びしょ濡れになって。
by konohana-bunko | 2011-07-25 09:55 | 空中底辺 | Comments(2)

無人駅

最寄りの無人駅で、一時間に二本の電車を待つ。高校生の姿が多い。鄙びた駅のベンチでお喋りしている生徒達は一枚の写真のようだ。しかし彼らは本当は便利でにぎやかな駅が好きなのかもしれない。玉蜀黍の実る線路敷や、木造駅舎に響く蝉の声を懐かしむのは、もっとずっと後になってからかもしれない。
by konohana-bunko | 2011-07-24 09:53 | 空中底辺 | Comments(2)

河口

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河口       十谷あとり

  自転車の沈む河口を渡る鳥口笛のやうに鳴く鳥もゐた

灰を含み
塩を含んで
嬰児の食道を往き来する乳のようになめらかに動く水
暗い水
時間と距離と情動に
疲れて無表情な水面
に梅雨晴れの空の青が映る
濁濁と迫りながらコンクリートと鉄に遮られた水
わたしが生まれてはじめて見た川がこれ
橋は横倒しのお墓
水の上を艀がゆき
台船がゆき

  さかのぼる曳船いくつ運河にも流れはありぬ見えがたきまで

河口は鰓のような場所
なまめかしく
猥雑で純粋で

ここがわたしの川
渡るたびにわたしは浄められる
深くて足がつかないのではない
水には底がないだけ

いつか黒い水のかたまりがわたしの喉を遡って来たら
わたしは眼となって海へ流れ出でよう

 短冊に嘘書いた夜針千本針千本と川はきらめき
by konohana-bunko | 2011-07-22 10:07 | 空中底辺 | Comments(0)

すれ違ったもの

さっき道ですれ違ったもの。台風の湿った風。ミニバイクの前籠に入った西瓜。魚屋さんが側溝に捨てた氷。黒い日傘とミュール。蝉を運ぶ蟻の列。学校から戻って来たこどもたち。ピアニカと体操着袋で両手いっぱいになって、汗で額に前髪を貼り付けて。青い空の欠片が雲間から覗く。明日から、夏休みだ。
by konohana-bunko | 2011-07-20 14:02 | 空中底辺 | Comments(0)

添削

添削という対話の中で学んだこと。情動は歌を詠む動機にはなるが、歌の中には必要ないということ。言いたいことが往々にして表現の邪魔をするということ。言いたいことが容赦なく削られてゆくのは新鮮な体験だった。歌はわたしの言いたいことですらなくてもいいのだ、と気付いた。痛くて、爽快だった。
by konohana-bunko | 2011-07-19 14:00 | 空中底辺 | Comments(4)

過去帳

祖母の犬チェリーは、マスチフに似た茶色の雑種だった。吠えない犬だった。わたしを見るとゆるゆると尾を振った。肋骨の浮き出たた脇腹をよく撫でてやった。その年の冬、チェリーはフィラリアで死んだ。祖母は仏間の襖の隅に命日を書き入れた。襖が過去帳だった。記された犬の名は全てチェリーだった。
by konohana-bunko | 2011-07-17 13:53 | 空中底辺 | Comments(0)

何もないところを空といふのならわたしは洗ふ虹が顕つまで


by このはな文庫 十谷あとり
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