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述志

草木の嘱目詠ばかりというのでも仕方がない。そろそろどこかに述志の歌というものが現れてもいいのではないか。と、歌の師から新しい階梯の一段を示される。述志。述志の歌とはどんな歌なのか。そもそも、志とは何か。わたしの志はどのあたりにあるのか。あの日から、このことをずっと考え続けている。
by konohana-bunko | 2012-06-28 13:55 | 空中底辺 | Comments(0)

猫の顔で遊ぼう

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(」・ω・)」うー!
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(/・ω・)/にゃー!
by konohana-bunko | 2012-06-25 19:36 | 猫是好日 | Comments(2)

椋鳥と猫

椋鳥に生まれ変わることおそらく三回目の幼い椋鳥が、隣家の庭に舞い降りた。花壇の土を啄み啄み、ちまちました足どりでうちの方へ近づいて来る。猫に生まれ変わること三回目のうちの猫がテラスからその動きをじっと見つめているのにも気付かず、椋鳥はフェンスの下を潜り、庭のこちら側に入って来ようとした。フェンスの真下ではじめて鳥と猫の目が合い、椋鳥は「きょえ~ッ」と奇声を発して大慌てで飛び去ってしまった。猫はどうしたかというと、こちらはこちらで、鳥に飛びかかるどころか、パニックを起こした鳥の声と動きに仰天し「きゃっ」と一声悲鳴を発して家の中に逃げ込んでしまった。没法子!
by konohana-bunko | 2012-06-25 13:58 | 空中底辺 | Comments(0)

でんぐり・サックス・デッキブラシ

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・11日 今年は店で七夕まつりをしようと計画。画用紙で短冊を作る。お飾りの材料を探しに近所のダイソーに行く。鎖を作る用に縦長にカットした折り紙が売られていた。便利な世の中!カット済み折り紙と、果物のかたちの薄紙細工を2種類買う。くるっと広げると薄紙が八重咲きの花みたいに開く、あのお飾りの名称をはじめて知る。「でんぐり」もしくは「ハニカムデコレーション」というそうだ。この「でんぐり」という名前、いたく気に入った。「でんぐり」いいなあ。でんぐりでんぐり呼びたくなるなあ。

・17日 息子1号2号の母校の吹奏楽部の定期演奏会へ。今回は宮川彬良さんと平原まことさんがゲスト。アキラさんのサービス精神と平原さんのソプラノサックスにしびれる。こどもたちもすごく張り切って演奏していた。コンクール、みんながんばれ。

・19日 台風で大雨。一念発起、ベランダの掃除をする。植木鉢を移動させ、ベランダの床面に洗剤を振り、デッキブラシで、黒い、泥のような黴のような怪しい汚れをこすり落とす。大粒の雨が、シャワーの代わりになって、掃除の味方になってくれる。何や、こないして掃除したらよかったんや。何でもっと早う気ィ付かへんかったんやろ。自分も多少雨に濡れたが、汚れをがしがしやっつけて、気分がすっとした。
by konohana-bunko | 2012-06-23 20:03 | 日乗 | Comments(0)

やすたけまり歌集 『ミドリツキノワ』

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やすたけまり歌集 『ミドリツキノワ』 (短歌研究社)より、以下引用。

山木蓮うたい出せその手をうえにむすんだら春ひらいたら風

ジュズダマの穂をひきぬけばひとすじの風で河原と空がつながる

ながいこと水底にいたものばかり博物館でわたしを囲む

ならんでる黒いものより怖かった「かもじや」という看板の文字

なつかしい野原はみんなとおくから来たものたちでできていました

眠れるのですかあかるいところでも卵のなかの鳥のこころは

干潟再生実験中の水底に貝のかたちでねむるものたち

おもいでにあるレコードの溝ぜんぶつないだよりも遠くまで来た

熊はきらきらとみている乾燥剤青くしてゆくレンジのうなり

たまごかけごはんぐるぐるまぜている卵うまない熊とわたしで

あした産む卵を持ったままで飛ぶ ツバメは川面すれすれにとぶ

飴色に蛹はかわる まっしぐらに忘れる途中とわかる 見とれる



歌集は、新しければ新しいほど、素直に読めない。うちひしがれたり、違和感にひっかかったり、何でこんな風にうたうねん!と机を叩きそうになったり。
それは歌集のせいではなく、あくまでもわたしの内面の問題なのだが。

『ミドリツキノワ』は水を飲むように読めてうれしかった。
by konohana-bunko | 2012-06-21 20:56 | 読書雑感 | Comments(0)

猫の時間

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夜は猫の時間よ
by konohana-bunko | 2012-06-15 23:12 | 猫是好日 | Comments(0)

笑う蛇

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買物へ。田圃の間の裏道を行く。自転車が近づくと蛙が鳴き止み、また鳴きだす。楝の木も桜の木も空に青葉を誇っている。ヨノミの木の下を通過。幹に新しい藁の蛇が巻かれている。虫送りの祭に使った、藁の蛇。今年の蛇は丸顔で、ちょっと笑っているみたい。梅雨の中休みも今日まで。明日からまた雨だ。
by konohana-bunko | 2012-06-14 20:24 | 空中底辺 | Comments(0)

梅の実

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石塀の下に梅の実が転がっている。青いのも、黄色く熟したのも。(あ、もったいない)と思う。ここは人が住んでいるのかいないのかもわからない古家。鬱蒼と繁った梅の枝が、低気圧の風に揉まれてぽろぽろ実を落とす。誰にも顧みられなくなってからの方が、たくさん実を付けているのかもしれない。
落ち放題に落ちている青梅の実。もったいないけれどどうすることもできない。でも、もったいないと思うのはわたしの吝嗇な考えなのか。この家の人(がいたとして、その人)は、梅がなろうが何しようがたぶん気にも留めていないのだろう。ひょっとしたら、梅の木自身も、さほど拘っていないのかも。
誰もが多かれ少なかれ、大切なモノだとかコトバだとかを無駄にしながら生きているのだろう。それらがせめて、この青梅の実のようにいい匂いを放ちながら朽ちてゆきますように。あなたが落として気付かなかったもの。わたしが知らず知らずのうちに零してきたもの。誰も取りに来ない、泉の底の鉄の斧も。
by konohana-bunko | 2012-06-13 20:15 | 空中底辺 | Comments(0)

Pocket かばん新人特集号vol.4より

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2005年発行の「Pocket かばん新人特集号 vol.4」を引っ張り出してぱらぱら読む。ちょっとこころに引っ掛かったところを以下引用。

〈誰に遠慮することはない、好きなことを好きなように作ればいいはずなのに、気がついてみれば、私たちは歌を作る際に多くのルールを自分で設けていないだろうか。短歌らしい表現をしなければならない、こういう歌を作ったら人格を疑われる、できれば才能があると思ってもらいたいし、賞も獲らなければならない、私たちはそういうルールを自分で設けている。そしてそのルールは直截さをひどく減じさせる。〉 
(中村要作品「20+10」に寄せた評「簡単なカレイドスコープ」西崎憲 より)

〈まず、短歌はひとつの詩形であって、その形を守って表現するのが絶対であるということ。字足らずを、手法として故意に使うことはあるけれど、不用意な破調は回避しなくてはならない。短歌はリズムであって、リズムを外れたら短歌ではないからである。自分で気づかない場合は、だれか周囲の人に指摘してもらって、改作してから発表するのがいいと思う。
次に、短歌は相手に内容を分からせることが絶対であるということ。歌の一部の語句だけを好き勝手に解釈をして褒めあう人がいるけれど、そんな甘さにだまされてはいけない。〉 
(伊藤信彦作品「再生~起承転結~」に寄せた評「もっとリズムを大切に、もっと読者に親切に」大松達知 より)

歌を書き始めた頃、先生にいつもこれと同じことを言われていたなあと思いながら読んだ。今は言われないかといったらそうではなくて、やはり同じことを、折に触れて、言われている。大事なことだから。
by konohana-bunko | 2012-06-11 18:22 | 読書雑感 | Comments(0)

万緑

電車が峠に差しかかる。田圃や家並が途切れ、線路の傍まで木々が迫ってくる。吊革に掴まって外を眺めていると、窓からなだれ込む緑に、眼の底まで揉まれているような気持ちになる。そんな緑の枝間に白く現れては遠ざかるのは、山法師の花、栗の花、蜜柑の花、茨の花。そして風にわっと翻る、葉裏の色。
by konohana-bunko | 2012-06-05 20:09 | 空中底辺 | Comments(0)

何もないところを空といふのならわたしは洗ふ虹が顕つまで


by このはな文庫 十谷あとり
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