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マネキン

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小学生の私が、放課後一人で通学路を歩いていたら、道の向こうから紺地に白の水玉模様のキュロットスカートを履いた下半身だけのマネキンがどんどんどんどん近付いて来て逃げられなくなるという夢にうなされて、夜中に目が覚める。意味がわからない!怖すぎたのと馬鹿馬鹿しすぎたのと両方で脱力の朝。
by konohana-bunko | 2012-10-30 09:09 | 空中底辺 | Comments(0)

神話

日々遠くなるのは、父母私の三人が家族であった二十四年間の記憶だ。それらは神代の出来事のように古くさく、神話の一挿話のように人間くさくて可笑しい。若き日の父母は「サウンド・オブ・ミュージック」上映館の柱を巡り、結婚後毎月の給料日には皮を逆剥きにした血みどろの馬を投げ合ったのだった。
by konohana-bunko | 2012-10-29 09:04 | 空中底辺 | Comments(0)

宝くじが当たったら

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わが友曰く「宝くじで3億円が当たったら図書館を作りたい」。いいなあ、本まみれになった上に人にも喜こばれる。自分も本にまみれたい一心で古本屋になろうと思ったのだった。それは今思うに、中島らもが書いていた、ミュージシャンになりたくてギターを自作しようとする愚か者の成り行きに似ていた。
by konohana-bunko | 2012-10-26 20:08 | 空中底辺 | Comments(2)

前登志夫 『青童子』

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前登志夫歌集『青童子』(短歌研究社 1997)より、以下引用。



夜となりて雨降る山かくらやみに脚を伸ばせり川となるまで

炎天に峯入りの行者つづく昼山の女神を草に組み伏す

秋の日の障子を貼りて昼寝(ひるい)せり国栖びと漉きし紙のきりぎし

さくら咲くゆふべとなれりやまなみにをみなのあはれながくたなびく

朴の葉の鮓をつくりて待ちくるる武蔵村山かなしかるべし  司修氏に

神童子(じんどうじ)の谿に迷ひてかへらざる人ありしかな 鹿ありしかな

いまははやたのしきことの淡くしてイースター島の石人恋ふる

わが犬は悪しき犬なり山行ける主人(あるじ)を捨てて村をうろつく

往きてかへるくるしみなれや春畑(はるばた)にひかりをはじき硬き蟲来つ

髭籠(ひげこ)にぞ盛りあげたりし野の花を石となりゐる母に供へつ

ゆうらりとわれをまねける山百合の夜半の花粉に貌(かほ)塗りつぶす

炎天を運ばれてきし野葡萄のつぶら実守(も)ればわれは眞清水

虔十の死にたるのちぞ虔十の育てし木木は人憩はしむ

百済観音提げてゐたまふ水瓶(すいびやう)をあふれこぼるる春の日ありき

さくら咲くゆふべの空のみづいろのくらくなるまで人をおもへり

ことしまた梟啼きぬわたくしの生まれるまへの若葉の闇に
by konohana-bunko | 2012-10-24 19:35 | 読書雑感 | Comments(0)

空白

住宅街の午前十時は、二頁目から何も書かれていない日記帳の空白に似ている。風は金木犀の匂いを運び、自転車の籠は路上に竪琴のような影を落とす。ベランダに干された布団が、あかんべえをする舌のように垂れている。団地のどこかでピアニカの音がして、止んだ。誰かまだ、いたのか。この空白の街に。
by konohana-bunko | 2012-10-20 20:10 | 空中底辺 | Comments(0)

煎餅革命

テレビで見たお煎餅屋のお爺さん。今も毎日炭火で煎餅を焼く。店がスカイツリーの陰になり、煎餅の乾きが悪くなっても、工夫で乗り切り文句を言わない。お客さんには「そっちのは不味いよ」と本音丸出し。「客が来ねえのは真心が足りねえからだ」「煎餅革命を起こさなきゃな」御年八十八歳。格好いい。
by konohana-bunko | 2012-10-10 20:12 | 空中底辺 | Comments(0)

斎藤学 『依存と虐待』 日本評論社

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斎藤学(さいとう さとる)著『こころの科学セレクション 依存と虐待』(日本評論社)より、以下引用。



結果を言えば、竹内演劇教室のレッスンはこころとからだのバランスをとることにも、ぜんそくを治すことにも、ほとんど役に立ちませんでした。それは自分の中に外からの言葉を受け入れる準備ができていない時に、心理的なレッスンを受けても何にもならないのと同じで、当時の私はまだ、教室のトレーニングを受け入れることができなかったのだと思います。人が本当に変わるとしたら、それは人や本から知識を得たからではなく、何か魂のレベルでの変容が起こり、日常の行動そのものが変わっていくのだと思います。そしてそのためには、こころの深いところで癒されるという体験が必要で、当時の私はその段階にはほど遠かったのだと思います。(p99 「アルコール・薬物依存からの回復」より)

私にとっていちばん癒しのきっかけになったのは子どもなんです。子どもが私にとっては最高の精神科医だったんです。私は離婚して仕事もできなくなり、うつ状態になって寝たきりになっちゃったんです。そういうのが何年も続いた。その時は、経済的にどうやって生きていいかわからないというのでうつ状態になったのかと思ったけれども、今思うと、父からの性的虐待も含めて子ども時代に受けた虐待の傷がずっと残っていて、離婚や経済的不安をきっかけに出てしまった。寝たきりで、本当に悲惨な状況だったんです。
子どもは中学三年ぐらいだったと思うんですけど、寝たきりになっている私に、「ぼくは暑くもなく寒くもない日に外を歩いていて、道端に雑草が花を咲かしているのを見ると、それだけで幸せだなあという感じがするんだよ。生きているだけで幸せだなあという感じがするんだけど、お母さんはそういう感じないの」と言ったんですね、ポツリと。私は外を歩いていて幸せと思ったことは一度もない。だけど、子どもはそういう状況下でも、すごく自分を信頼して希望を失っていないんです。
そういう子どもを育てたのは私なんですよね。私が育てた子どもがこういうことを言うんだから、私という人間は結構捨てたもんじゃないなと思えるようになった。経済的に悲惨な状況にもかかわらず、そういうふうに希望を失わない子どもを本当に幸せにしてやりたい。とにかくできるところまでやってみようと思って、それがまた立ち直るきかっけになったんです。(p168-169「家族内トラウマの後遺症と癒し」より)



引用終わり。
10年前くらいか、斎藤学さんや西尾和美さんの本を集中して読んでいた時期があった。泣きながら読んだりしたこともあった。しかしその後、気持ちの浮き沈みが落ち着いてからは、ぷっつりと遠ざけて読まなくなった。本棚の目につかないところにしまい込んだ。過去の問題を克服した、と、自信が持てたわけではない。再び読むことで心身共に苦しかった時期の気分に逆戻りしたくなかった。過去と向き合ってばかりでは疲れてしまう。
それが最近また、おそるおそる引っ張りだして読んでみている。「斉藤さんや西尾さんの本、読んでみたら」と、人に薦めたくなるようなことがあったので……。今は、読んでも、そんなに苦しくはならない。いろいろ、思い出しはするけれど。
その人が読むかどうか、役に立つかどうかはわからないけれど、こういう本があるよ、と伝えるだけは伝えてみようと思う。
by konohana-bunko | 2012-10-09 10:10 | 読書雑感 | Comments(2)

天神さんの古本まつり

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所用で阿倍野まで。せっかく大阪まで出て来たので、その足で天神さんの古本市へ。今日が初日。いいお天気で、日向では本の背がまぶしいくらい。
レジでmodernaさんに会えたのでご挨拶。法被を着て忙しくされていた。お元気そうで何より何より。
100円均一で絵本と手芸本と文庫を買う。絵本は、レオ=レオニ『あおくんときいろちゃん』など。講談社文芸文庫、中上健次の『化粧』と『夢の力』など。講談社文芸文庫のジャケットのデザインは好きだ。何か、かしこそうな感じがする。
参集殿の縁側に、十冊ほどの、小さい本の山がいくつか見えた。誰かが均一台から選んで、持ちきれなくなったのを(これ、オレの)と確保しているものらしい。縁側の少し奥の方には、靴を脱いで縁側に足を投げ出して、早速ページをめくっている人もいた。

電車の窓外に、小さい耳をそばだて、丸いお尻をこちらに向けている小動物そっくりな雲を見た。

天神さんの古本まつりは9日(火)までです。くわしくは→こちらをクリック☆
by konohana-bunko | 2012-10-05 21:16 | 古本屋さん見聞記 | Comments(0)

10月4日

こしらえたもの 卵雑炊 椎茸と豆腐とわかめの味噌汁
眺めている本 川島小鳥『未来ちゃん』

『未来ちゃん』とうとう買ってしまった。写真、うう、ぞくぞくする。
by konohana-bunko | 2012-10-04 23:51 | 日乗 | Comments(2)

浦島太郎

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最近読んだ本に曰く「浦島太郎は亀を助けたお礼にと竜宮城に招かれ乙姫様からもてなしを受けるわけだが、そもそも太郎は釣りをしに浜辺に来ていたのではなかったのか。生きものの命を救おうというなら、亀を弄ぶ子供を諫める前にその釣竿を折るべきではなかったのか云々」確かに、そう言われてみれば。
by konohana-bunko | 2012-10-04 20:14 | 空中底辺 | Comments(0)

何もないところを空といふのならわたしは洗ふ虹が顕つまで


by このはな文庫 十谷あとり
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