最近読んでいる本 歌集『イーハトーブの数式』 大西久美子

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大西久美子 歌集『イーハトーブの数式』 書肆侃侃房 2015年

以下引用。

・にんげんの瞼が剥がれてゆくやうな桜吹雪のまんなかにゐる

・ジャポニカのマス目ノートを埋めつくす「あ」は朝の「あ」だ。「あ」「あ」、花が咲く

・ちゆうしんがひえきつてゐるかたゆでのたまごをよるのキッチンに剝く

# by konohana-bunko | 2023-07-18 14:13 | 読書雑感

最近読んでいる本 歌集『太占』 金子国俊

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金子国俊 歌集 『太占』 不識書院 1981年  うた叢書第一篇

自分にとって大切な本。好きな歌を引こうにも選びすぎてしまうので、今回は三首だけ引用する。

・砂を空けし後水平にもどりゆく空しき底に目は留まりぬ

・スヰッチの紐のありかをさがすとてしばしただよふごとくありたり

・夜のひかり吸ひて厨に生き生きとせる椅子ひとつ呟くごとし

あとがきより

〈歌を作って来て私の得たものは、現実を生きる姿勢の変化である。それは、その前から比べれば、やわらかく、そして強くなっているように思う。私にとって歌は、自分の生を確かなものにする為の、概念を払いのけた借り物ではない目や心で、現実を発見しようとするたたかいであるとも思うのである。〉

# by konohana-bunko | 2023-07-17 14:33 | 読書雑感

最近読んでいる本 杉山隆遺稿集『人間は秋に生まれた』

最近読んでいる本 杉山隆遺稿集『人間は秋に生まれた』_c0073633_23003169.jpg

杉山隆 遺稿集 『人間は秋に生まれた』 株式会社東京美術

日本の古本屋サイト経由で、宇都宮市の古書店から購入。奥付のところに、「杉山浩氏より受贈」と、日付が書いてあり、その日付が発行日の数日後となっている。浩氏は著者の父上だろうか。
心に響いた歌を七首引用。

・「屋根の家のサワン」を聞きし古ラジオ静かな秋の文化の日なり

・初夏の林に深くいりしとき扉のごとく光おり来つ

・塵あげて坂上りくる風の中ときをり光り紙切れの舞ふ

・夜に開くノオトに黒き影を曳き吾が部屋を飛ぶひとつ蛾のあり

・教室に乱雑にある黒き椅子が夕日射すとき骨のごとく見ゆ

・黒揚羽光りつつ飛ぶ夕庭に羊歯の葉の影乱れあひたり

・歌会より帰りてゆくに夜の河に激しく水の責めあふ音す

カバーにも、表紙の型押しにも、羊歯がデザインされている。最初に手に取ったときはあまり気に留めなかったその羊歯のモチーフが、読み終わって本を閉じるとき、胸をじわじわとしめつけてきた。

# by konohana-bunko | 2023-05-06 23:01 | 読書雑感

最近読んでいる本 歌集『蓮喰ひ人の日記』 黒瀬珂瀾

最近読んでいる本 歌集『蓮喰ひ人の日記』 黒瀬珂瀾_c0073633_22582057.jpg

読み終わった本をしばらく寝かせておいて、ふたたび開くと、付箋がたくさん貼ってあって不思議な感じがする。

黒瀬珂瀾 歌集 『蓮喰ひ人の日記』 短歌研究社 (2015年)より、以下引用。

オフィーリアの指を離れて沈み初め続くる芥子のあかあかと夜

紅きベレーを被れるごときポストかな時に漱石の愚痴を呑みたり

この夏に一枚の葉を加へたる児よいつまでも飲み乾せ父母を

明日へわれらを送る時間の手を想ふ寝台に児をそつと降ろせば

眠りたる頬に浮かびし児の笑みのやうに去りゆく秋のひと日は

われら国を離りて――吾妹、汝が水に触るるとき静かなり寒の獅子

妻と児があれば吾など誰でもいいひかりを諾ひ生きゆかむかな

引用終わり。本当は「日記」なので、一首一首に日付があり、詞書がある。詞書そのものにもたくさん付箋を貼っていた。
歌集というよりは、小説を読むような、スリリングな読書だった。

# by konohana-bunko | 2023-03-14 23:00 | 読書雑感

最近読んでいる本 木下こう歌集『体温と雨』(私家版)

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犬と街灯さまで購入。

読み通して感じたことは、繊細さ。こういう歌を詠むひとは、浮世を生きるのが苦しいのではないかしらと思えてしまう。歌を読む上では、それは余計なお世話かもしれないけれど……。
好きだと思ったところは、丁寧にことばを扱っているところ。感覚をよくあらわしているひらがなの表記。
以下、こころが立ち止まった歌を引用する。

・店先のくびふり人形たちの首みんなゆらいで いいね やはらか

・サンダルの釦をとめる指先のちひさき響き 海に行きたし

・首飾りはづしてのちのくびすぢは昼の硝子のやうにさみしい

・ポケットを裏がへすやうにあなたからゆめのはなしを始めてください

・ヒースなど異国の花の匂ひして古き箪笥の抽斗はよき

・ふちのある写真のなかに笑みし母 みぎてとひだりてわたしにまいて

・手と手には体温と雨 往来にさみしくひかるいくつかの傘

・うつむきて小さきボタンをはめてゆく うみの小石の転(まろ)びおもふよ

・オルゴールはよわい雨ですとぢるときちひさな角(つの)をねぢふせるのです

・こなごなになつた塗料をベンチからデニムに移すよろこびながら

ブックデザインはとみいえひろこさん。カバーの手ざわりや本文の文字のたたずまいも歌の世界によく合っていた。

# by konohana-bunko | 2023-01-12 20:32 | 読書雑感

何もないところを空といふのならわたしは洗ふ虹が顕つまで


by このはな文庫 十谷あとり