『表現の炎』 フランシス・ポンジュ 阿部弘一訳 思潮社
『物の味方』 フランシス・ポンジュ 阿部弘一訳 思潮社
『ポンジュ、ソレルスの対話 物が私語するとき』 諸田和治訳 新潮社
読んだ順番に。
『表現の炎』
今までこんな詩は読んだことがなかった。あるひとつのモノ(カーネーションならカーネーション、ミモザならミモザ、松の木なら松など)について考えたことすべてを書き出す。辞書を引いてそれについても書き出す。ふたたび対象に向かって思索を深め、それも書く。対象となるモノの概念とそれを表現することばを全部あたらしく造り変える作業を行いその過程を克明に書く。そうして書かれたものが結果として詩になっている。こんなにつきつめたことをやってみた人がおったんやなとただただ驚いていた。脈絡もない感想だけれど、モノへの迫り方が芭蕉みたいだと思った。
『物の味方』
読んでいて楽しかった。「雨」「アンタン街、レストラン・ルムニエ」「貝に関するノート」という作品が好きだった。
『物が私語するとき』
ところどころ、今のわたしでも面白いと思える部分もある。
以下引用。(20ページより)
――《詩人》とは、世間から見れば、異様な身なりをする第一人者なわけで、自分から好んで身にまとう異様な衣裳は当然のこと、たとえば批評によって押し付けられる衣裳にしても、つねにぬぎすててゆく必要がある。こうした奇妙な衣裳は拒絶せねばならぬし、容認してはならない。ただちにぬぎすてるようにしなければなりますまい。――
引用終わり。
わたしはあまり詩の本を読んでこなかったのでポンジュさんのことはつい最近まで知らなかった。先日、確か辻征夫さんの詩を読んでいて、その作品の中で名前を知った。辻さんが詩の中で「ねえ、ポンジュさん!」と親しげに呼び掛けていたので(*どの詩だったのかちゃんと調べておくこと)興味を持ったのだった。
フランシス・ポンジュのWikipedia(日本語版)のページに「言葉の垢落とし」という項目がありそれも興味深かった。
8月17日追記
辻征夫さんの詩だった。詩集『落日』所収の「雨」という作品だった。(現代詩文庫78 辻征夫詩集で確認。)ポンジュさんの「雨」という作品を引用しながら書かれた詩。「ねえ、ポンジュさん!」というのはわたしのまったくのうろ覚えで、正しくは以下の通り。
ポンジュさん、洗濯物が出ているよ!