『白洲正子を読む』 求龍堂 より

『白洲正子を読む』
多田富雄 赤瀬川原平 河合隼雄 車谷長吉 前登志夫 渡辺保 田島隆夫 青柳恵介 山崎省三 安土孝 白洲正子 藤井邦彦著 求龍堂(1996) より、以下引用。

平成六年(一九九四)八十四歳
十一月、『風姿抄』を世界文化社より刊行。四十年前から最近までの随筆集である。
《古いものを読み返してみると、本質的には今書いていることとまったく同じなので驚いている。……人間に進歩はない。進歩するのは技術であって、生まれながらの素質を発見し、少しずつ深めることしか我々にはできない》(『風姿抄』あとがき)
# by konohana-bunko | 2015-01-09 19:56 | 読書雑感 | Comments(0)

あけましておめでとうございます

2015年も、みなさまにとってよき年となりますようお祈り申し上げます。

姑に教えてもらったうちのお雑煮は
白味噌仕立ての丸餅雑煮。
具は、雑煮大根、金時人参、子芋、百合根。
仕上げに三つ葉と柚子の皮。
庭で作った四十日大根、めでたくお雑煮に入りました。

今年もいろいろ育てて食べよう!
# by konohana-bunko | 2015-01-03 16:33 | 日乗 | Comments(2)

知らないことを思い出す

何か書かないとこころが干からびる。かと言って、くだらないことを書き散らしても、後でこころがささくれだつだけ。わたしはただの容れものだ。書きたいという思いだけがあって、具体的な中身が何もない。

ことばの遅いこどものように、しゃがみこんで土や虫や花をぼんやり見ている。何も感じていないわけではないのだ、断じて。こころはいつも動いている、逆に、感じ過ぎて苦しいくらいだ。しかし、どんなに情緒や情趣が渦巻いていたとしても、表現しなければ、それらは「ない」のと同じなのだ。

知らないことを思い出すのと同じ行為だ。うたを詠むということは。
# by konohana-bunko | 2014-12-03 19:07 | 空中底辺 | Comments(3)

莢大根のふしぎ

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9月の半ば過ぎに播くといいよ、といただいた莢大根の種。
9月16日に播いた。
秋の2つの台風は、べたがけシートでしのいだ。

そして、そのうちの一本が縦に伸びだして、
11月19日から花を咲かせ始めた。
えっ、もう。
調べてみたら、莢大根は
一定の日数育てば、冬の寒さと春の暖かさに当たらなくても
花を咲かせるものらしい。
それにしても気の早い株だなあ。

莢ができるかどうかはともかく、種から花が咲くのはいつ見てもうれしい。
# by konohana-bunko | 2014-11-24 20:15 | green days | Comments(2)

石になったら楽かもと思っていたら石になっていた。息をするのが楽なような、大して変わらないような。傷つけられる痛みは感じなくなったが、感覚が麻痺しただけで、相変わらず削ったり削られたりしているのだ、きっと。もっと磨り減ってしまいたい。誰にも気づかれないくらいなめらかに、やわらかく。
# by konohana-bunko | 2014-10-08 20:28 | 空中底辺 | Comments(3)

何もないところを空といふのならわたしは洗ふ虹が顕つまで


by このはな文庫 十谷あとり
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