知らないことを思い出す

何か書かないとこころが干からびる。かと言って、くだらないことを書き散らしても、後でこころがささくれだつだけ。わたしはただの容れものだ。書きたいという思いだけがあって、具体的な中身が何もない。

ことばの遅いこどものように、しゃがみこんで土や虫や花をぼんやり見ている。何も感じていないわけではないのだ、断じて。こころはいつも動いている、逆に、感じ過ぎて苦しいくらいだ。しかし、どんなに情緒や情趣が渦巻いていたとしても、表現しなければ、それらは「ない」のと同じなのだ。

知らないことを思い出すのと同じ行為だ。うたを詠むということは。
# by konohana-bunko | 2014-12-03 19:07 | 空中底辺 | Comments(3)

莢大根のふしぎ

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9月の半ば過ぎに播くといいよ、といただいた莢大根の種。
9月16日に播いた。
秋の2つの台風は、べたがけシートでしのいだ。

そして、そのうちの一本が縦に伸びだして、
11月19日から花を咲かせ始めた。
えっ、もう。
調べてみたら、莢大根は
一定の日数育てば、冬の寒さと春の暖かさに当たらなくても
花を咲かせるものらしい。
それにしても気の早い株だなあ。

莢ができるかどうかはともかく、種から花が咲くのはいつ見てもうれしい。
# by konohana-bunko | 2014-11-24 20:15 | green days | Comments(2)

石になったら楽かもと思っていたら石になっていた。息をするのが楽なような、大して変わらないような。傷つけられる痛みは感じなくなったが、感覚が麻痺しただけで、相変わらず削ったり削られたりしているのだ、きっと。もっと磨り減ってしまいたい。誰にも気づかれないくらいなめらかに、やわらかく。
# by konohana-bunko | 2014-10-08 20:28 | 空中底辺 | Comments(3)

十五夜の庭に来てくれたともだち

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蝶々にはランクがあった。虫取りをしていたこどもの頃。
簡単に取れるのがシジミチョウ。次がモンシロチョウ。
そして一番自慢できるのがアゲハチョウ。
なかでも
高い所を翔ぶアオスジアゲハはみんなのあこがれの蝶だった。
わたしは結局、一回もよう捕らんかった。

たそがれに来たともだちが、蠟梅の葉の上で翅を休めている。
もうしばらくしたら、この木にも、十五夜お月さんのかげがさす。
# by konohana-bunko | 2014-09-08 19:12 | green days | Comments(0)

四十日で大根はできるのか

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南瓜撤収後、南向き壁際の畝に大根の種を播いた。
いただきものの「大阪四十日大根」の種。
播いた時には何とも思わなかったが
(大体何を作る時も、何の考えもなしに着手する)
あとになって浮かんだ疑問。
ほんまに四十日であの太い大根が出来るんやろか。

待つこと数日
大きな貝割れが出て来た。
貝割れ菜、すごくおいしい。
テーブルの上で、いちごパックに播いて作る貝割れも便利だが
地面で作るとことのほか立派で食べ応えがある。

調べてみたら
四十日大根は
大阪のお雑煮用に使うものらしい。
なるほど、あのサイズだったら間に合うかも。

まあ、大きなればなったでうれしいし。
大きいならんかっても間引き菜で食べられるし。
その点大根は気が楽。
のんびりやりやしょう。

あと、
貝割れ大根は、漬物用の大根の種で作るとピリッとして美味しいんだとか。
# by konohana-bunko | 2014-09-03 16:18 | green days | Comments(0)

何もないところを空といふのならわたしは洗ふ虹が顕つまで


by このはな文庫 十谷あとり
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