最近読んでいる本 『更級日記』

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対訳古典シリーズ 『更級日記』 池田利夫訳注 旺文社文庫

高校時代旺文社文庫のこのシリーズが好きでよく読んでいた。枕冊子とか雨月物語とか、冥途の飛脚も持っていたかもしれない。
更級日記を読み通したのは今回が初めて。部分的(特に前半)には見たことがあったかもしれない。高校生の時に読んでいたら、前半は楽しめただろうけれども、後半は面白くなかったのではないか。
今読めてよかったなと思う。何事にも受け身に生きてしまって、さりとて信仰に打ち込むこともできなかった孝標女。身につまされる。
ところどころ、すごく好きな文章があってしびれる。

足柄山で三人の遊女と出会ったところ。

髪いと長く、ひたひいとよくかゝりて、色白くきたなげなくて、さてもありぬべき下仕えなどにてもありぬべしなど、人々あはれがるに、声すべて似るものなく、そらに澄みのぼりてめでたくうたを歌ふ。

姉が亡くなってしまったところ。

母などはみな亡くなりたるかたにあるに、形見にとまりたる幼き人ゞをひだりみぎに臥せたるに、荒れたる板屋のひまより月のもり来て、ちごの顔にあたりたるが、いとゆゝしくおぼゆれば、袖をうちおほひて、いまひとりをもかき寄せて、思ふぞいみじきや。

以下はちょうど今頃の季節だろうか。

四月つごもりがた、さるべきゆゑありて、東山なる所へうつろふ。みちのほど、田の、苗代水まかせたるも、植ゑたるも、何となく青み、をかしう見えわたりたる。山のかげくらう、前ちかう見えて、心ぼそくあはれなるゆふぐれ、水鶏いみじくなく。

# by konohana-bunko | 2022-05-08 19:23 | 読書雑感

最近読んでいる本 遠藤由季歌集『北緯43度』

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遠藤由季 第三歌集 『北緯43度』 短歌研究社

好きだなと思った歌を。

・みなもから紡ぎ出されし糸とんぼからまるように春の陽に飛ぶ

・古書店の窓ガラス叩く春一番聴きつつ本の汚れ確かむ

・心いま針のようなりひとすじの糸通さねば慰められぬ

・麦秋のひかり思えりすべりよき今日の万年筆のペン先

・一斉に藤の花房煽られて抜け道のような風を見せたり


# by konohana-bunko | 2022-04-12 16:06 | 読書雑感

最近読んでいる本 宮崎信義歌集『いのち』

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宮崎信義 歌集『いのち』 2010年 短歌研究社

「最近」といっていいのかどうか。昨年(2021年)年末頃に読んでいた本。
好きな歌を10首抄出してみる。

・麦が生える菜種が咲く火葬場へはこういう道を通る

・空を切るビルの鋭さ前と横との桜が咲いたもういそぐまい

・枯れ葉がひらひら散ってくる受けると掌がぬくもってくる  掌に「てのひら」のルビ

・向こうに人影がある行ってみよう人生がどんなだったかきいてみよう

・私のいのち見えるだろうか空を飛ぶ一羽の鳥のいのちが見える

・ここしばらくいのちが居坐っている天気予報に似ているな

・誰が見ててもよいではないかこの顔が鬼に見えてもよいではないか

・風もないのに梅の花が点々と散るやわらかさ私が死ぬのだ

・石ころがよく見える小川だ水が早くて明日が見える

・口語には口語のリズムがあるそれを無視して短歌は出来ない  短歌に「うた」のルビ

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# by konohana-bunko | 2022-04-02 22:27 | 読書雑感

最近読んでいる本 松木秀歌集『色の濃い川』

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松木秀 歌集『色の濃い川』 2019年 青磁社

総合誌やインターネットで目にしていた松木秀さんの歌を、今回はじめて歌集というかたちで読むことができた。松木さんは常に今・ここの諸相を捉え、ストレートに切り取り歌に詠む。印象に残った歌を引用する。

・将棋番組観ていてふっと思い出す森安秀光九段の息子

・真夜中の星を見上げて星の音とはわたくしの心臓の音

・熱湯を魔法瓶より出す時の心地よき音 真冬は近し

・幼年期の記憶にふいに打ちあがる猫田勝敏の天井サーブ

・雲以外何もない夜も黒猫の眼にはひかりがたくわえてある  (「眼」に「め」のルビあり)

・泣きながら生まれてきたが笑いつつ死んでいってもいいではないか

・酔い覚めの水の如くにわが体を通りゆくなり佐藤佐太郎  (「体」に「たい」のルビあり)

引用一首目の歌を読んで、わたしは河合智康先生のことを「ふっと思い出」した。人はいちいち言わないだけで、複雑な事情を抱えて生きている、と思う。普段は何とか日常に包みおおせているそれらが時にぎょっとするようなかたちでむきだしにされることがある。それを松木さんは見逃さなかったのだ。

# by konohana-bunko | 2022-03-22 15:33 | 読書雑感

最近読んでいる本 窪田通治歌集 『濁れる川』

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窪田通治(窪田空穂) 歌集『濁れる川』 1915(大正4年) 國民文學社

・わが重きこころの上によろこびのまぼろしなして燕飛べるも

・すてて行きし太郎が獨樂を手にとりて廻せば廻り心おもしろ

・この歌を讀むらん人の誰ありやさもあらばあれ歌ひつづけん

・こころみに吹いて見ぬればわが笛はほろほろと鳴りてただあはれなり

・しみじみと眺めてあればわがこころ融け入りにけりさみしきは空

・さくら花咲きて照りたる下路の夕ぐれにつつ人急ぎ行けり

・朝霜の白きを踏めばこころよしさみしさくさくくづれてゆくに

・見てあれば空なる月のただ一つありとし見えてものすべて消ゆ

・いつかしき神におはせど夕されば人われに似て灯を召したまふ

・かはたれと野はなりゆけど躍り落ち井堰の水のひとり真白き

# by konohana-bunko | 2021-12-25 22:43 | 読書雑感

何もないところを空といふのならわたしは洗ふ虹が顕つまで


by このはな文庫 十谷あとり