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最近読んだ本

『俳風動物記』 宮地伝三郎 岩波新書
『文鳥・夢十夜』 夏目漱石 新潮文庫
「闇金ウシジマくん」より フリーエージェントくん 真鍋昌平 小学館

by konohana-bunko | 2016-10-08 21:54 | 読書雑感 | Comments(0)

読書の記録 2016年3月

3月に読んだ(眺めた)本

海辺の石ころ図鑑 渡辺一夫 ポプラ社
生きものの持ちかた その道のプロに聞く 松橋利光 大和書房

岩崎さんちの種子採り家庭菜園 岩崎政利 家の光協会
  本のデザインが「暮らしの手帖」っぽくっておしゃれだった。鉛筆画の挿絵も好き。

Beans! はじめてでも簡単豆の鉢植え 御倉多公子 小学館
白菜のなぞ 板倉聖宣 仮説社 やまねこ文庫
ひみつの植物 藤田雅矢 WAVE出版
価値菜園ご当地ふるさと野菜の育て方 有機・無農薬 野口勲・金子美登 成美堂出版

多肉植物図鑑 松山美紗 日東書院本社
かわいい多肉植物たち 羽兼直行 主婦の友社
  多肉植物には夏(もしくは春秋)に成長するタイプと冬に成長するタイプと二手あるということがわかった。
それぞれ水を控える季節が反対になるのだな。
今までいろいろ手当たり次第買って育てている中で一部のものだけが全然育たなかったり枯れたりしたのは
性質の違うものをごっちゃに扱ってしまっていたからかもしれない。
という気づきが得られてよかった。

今読んでいる本
俳句いきなり入門 千野帽子 NHK出版

これから読む本
固定種野菜の種と育て方 野口勲 関野幸生 創森社
ネコジャラシのポップコーン 盛口満 木魂社
水の道具誌 山口昌伴 岩波新書
行商列車 山本志乃 創元社
by konohana-bunko | 2016-03-26 17:03 | 読書雑感 | Comments(0)

やんぐ

島之内図書館に行って図書館のカードを作った。
自転車で気軽に行ける近さに図書館があるというのはぜいたくですてきだ。
カウンターで手続きを待つ間、館内を見回したら、奥の壁に
こどもの本
という案内表示があり
そのひとつ手前の列に
やんぐの本
という案内表示があった。
なぜひらがななのか。
古くさいけれど生きて使われているやんぐ。
by konohana-bunko | 2016-03-04 20:31 | 日乗 | Comments(2)

歌集『中つ國より』 田中教子

歌集『中つ國より』 田中教子 文芸社(2013)より、以下引用。

―――

生と死のはざまに浮かぶ影として水族館の夜をめぐれり

トウモロコシに粒の数だけ髭があり生の数だけ死の数はある

喘息の子のかたわらに眠る夜ゆめに巨大な樹が生えてくる

論文の中より「人」が透けて見ゆ 乾いている人 しめっている人

どのように呼んでも返事のない雲は朝の息子のようなり おーい

夢のなかに夜ごとに伸びゆくビルあれば覚めてしばらくくらくらとせり

冬の川にうつす我が影 きらきらと生れ日時の分からぬ石たち

過去の世に幾度も親を殺めたる我が魂に雪が降り積む

塩壷に水湧くようなさみしき日 島影は父海原は母

―――

近しい人――血のつながりのある「うから」へのまなざし、それをうたに詠むときの構え方にシンパシーを感じた。

・火のような楓の一樹かなしくてならないときはその幹を抱く

という歌もあった。一読、(格好いいなあ)と思った。絵になる歌というべきか。切実さの伝わるいい歌だと思うし、こううたいたくなる気持ちには共感できる。でも、わたしはこういう風には(今は、たぶん)うたえない。
「うたいあげる」のが相応う歌人とそうでない人がいるのではないか。そんなことを考えさせられた。
by konohana-bunko | 2015-01-10 20:25 | 読書雑感 | Comments(0)

『白洲正子を読む』 求龍堂 より

『白洲正子を読む』
多田富雄 赤瀬川原平 河合隼雄 車谷長吉 前登志夫 渡辺保 田島隆夫 青柳恵介 山崎省三 安土孝 白洲正子 藤井邦彦著 求龍堂(1996) より、以下引用。

平成六年(一九九四)八十四歳
十一月、『風姿抄』を世界文化社より刊行。四十年前から最近までの随筆集である。
《古いものを読み返してみると、本質的には今書いていることとまったく同じなので驚いている。……人間に進歩はない。進歩するのは技術であって、生まれながらの素質を発見し、少しずつ深めることしか我々にはできない》(『風姿抄』あとがき)
by konohana-bunko | 2015-01-09 19:56 | 読書雑感 | Comments(0)

読書の記録 2013年冬

身のまわりの状況に変化があり、読書記録をつけないまま過ごしていた。
今ぱっと手許に出てくる本だけでもメモしておく。

『Q&A 絵でみる野菜の育ち方』 藤目 幸擴 農山漁村文化協会
『自分も光る人類も光る』 五井昌久 白光出版
『私たちのお弁当』(再読) クウネルお弁当隊編 マガジンハウス
『捨てるな、うまいタネ』 藤田雅矢 WAVE出版
『そだててあそぼう12 カボチャの絵本』 伊藤喜三男編 ささめやゆき絵 農山漁村文化協会

by konohana-bunko | 2014-02-10 19:28 | 読書雑感 | Comments(0)

『武蔵丸』を読む正月

本年もどうぞよろしくお願いいたします。


年末年始、車谷長吉『武蔵丸』(新潮文庫)を読みながら過ごす。
短編の一区切りで、息抜きに解説をぱらぱらしていたら、奥付に書き込みがあった。
買った時は気づかなかった。
鉛筆で書いた、こどもの文字。

*年*月*日 母の日
お母さんへ、おべんとうはかえなかったけど、むさし丸はかえたよ。
Nより

Nくんのお母さん、大事な『武蔵丸』、ブに出しちゃだめじゃん!

by konohana-bunko | 2014-01-06 20:36 | 日乗 | Comments(2)

読書の記録 長月

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『ものがたりの余白』  ミヒャエル・エンデ  田村都志夫訳  岩波書店
『CAROUSEL』(絵本) Brian Wildsmith OXFORD
『愛する子どもたちへ マザー・テレサの遺言』  片柳弘史s.j.写真・解説  ドン・ボスコ社
『ちいさなきかんしゃ』(絵本)  ロイス・レンスキー ぶん・え  わたなべしげお やく  福音館書店
『中国の民話 王さまと九人のきょうだい』(絵本)  君島久子訳  赤羽末吉絵 岩波文庫
『どこからきたの こねこのぴーた』(絵本) よだじゅんいち さく やすたい え  童心社
『脳と魂』  養老孟司 玄侑宗久  筑摩書房
『祈りの人間学』  棚次正和  世界思想社
『虫のわらべうた』(絵本)  斎藤たま採録  瀬川康男画  福音館書店
『いろんな気持ちが本当の気持ち』  長嶋有  筑摩書房
by konohana-bunko | 2013-10-05 21:46 | 読書雑感 | Comments(7)

読書の記録 葉月

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『シルバー・バーチの霊訓(五)』  A・W・オースティン編  近藤千雄訳  潮文社
『シルバー・バーチの霊訓(二)』  シルビア・バーバネル編  近藤千雄訳  潮文社
『檸檬』  梶井基次郎  新潮文庫  (再読)
『白光への道』  五井昌久  白光出版
『光明をつかむ』  五井昌久  白光出版
『魔法使いのおともだち』  東君平  サンリオ
『きょうのおべんとうなんだろな』(絵本)  きしだえりこ さく やまわきゆりこ え 福音館書店
『野の草花』(絵本)  古矢一穂 ぶん 高森登志夫 え 福音館書店 かがくのほん
『遠い朝の本たち』  須賀敦子  ちくま文庫
「南方熊楠の世界」  徳間書店 TOWN MOOK
『心が楽になるホ・オポノポノの教え』  イハレアカラ・ヒューレン  イースト・プレス
『故郷に帰る道』  ホワイト・イーグル  大内博訳  ナチュラル・スピリット
『窮巷雑歌』(歌集)  玉城徹  不識書院  (再読)
by konohana-bunko | 2013-09-04 20:04 | 読書雑感 | Comments(3)

『身心快楽 自伝』 武田泰淳

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武田泰淳『身心快楽 自伝』(創樹社/1977)より、以下引用。

〈「世間知らず」のもう一つの美点は「この世間には俺とは段ちがいに偉い奴がいるだろうな」と、いつでも思いつめていることである。偉い奴は一体どのくらい偉いのだろうかと、つとめて難しい大著述などをよみたがる。半ぶんか十分の一しか理解できないでも、むずかしい物を読む面白さは、一度味をおぼえたら、決して忘れるものではない。やさしい物にも面白みは沢山あるが、どちらかと言えぼ、むずかしい物の面白みの方が、永つづきがするものだ。
 同じ職業の男に、自分よりウワテの奴がウヨウヨいることは、つらくてたまらぬことではあるが、また愉快なことでもある。かなわぬながら、彼らに意地わるしてやろうとする心が動機になって、いくらかマシな作品が書けることだってありうるからだ。しかも、この種の意地わるを、相手に気づかれぬように実施する腕は、どんな鈍い男でも、次第に上達することは、明らかである。〉
(p52-23「PRあるいはCM的自伝」)

〈うちの女房は、マル・エン全集の広告など見て、マルクス・エンゲルスは一人の男、つまり姓はマルクス、名はエンゲルスだと信じていたそうだ。なにしろピカソをピカリと呼んでいたくらいだから不思議でもない。私の資本論ロンも、彼女の学識とさしてかおりないものであるにちがいない。
 ただし、次のことは断言できるのではあるまいか。物を書く人間は、常に恥ずかしいという心を失ってはならない。大きな書物を読めば、その著者の努力の蓄積に脱帽して、自分が恥ずかしくなる。おごりたかぶる気持ちが消える。その本を利用して、直接行動を起こすより前に、その知恵の大海に沈んで、ふかい思いにふける。その意味では、資本論は一種の芸術的陶酔をあたえてくれるものであった。〉
(p81-82「私と『資本論』」)

〈(頭略)実にさわがしい女が一人目にとまったことがある。それは喧嘩をして夫にぶたれた女らしく、汚い顔を血だらけにして大きな声で泣きながらやってきたのである。昼休みに日向ぼっこのためクリークの石橋の上にいた私共の方へ泣きながらその女はやってきた。後から母親らしい老人が心配そうについてきて、またその後から野次馬がゾロゾロついてきた。私は血だらけの中年女は気味悪くなってタジタジとなり構いつけないで立っていた。女はまだ泣き騒いで私共を困らせてから街を歩いて行った。私共独身者が、どうして支那の中年女の夫婦喧嘩の裁きがつけられようか。その時の歌。恐ろしや支那の女の喧嘩して顔に血塗りて橋わたり来る。愛すべき風景の中に生活するこれらの愛すべき支那の人々を眺めていた杭州の春は、私の心に春愁ともいうべき一つの永い悲哀を植えつけたものであった。半ば意識的に荒々しきもののなかに悲哀を見出そうと努めたのかもしれない。若い時に異国に行くとたぶん誰でもそうするのではあるまいか。〉
(p176「杭州の春のこと」)
    
そしてひとつの詩の後半の部分を。題は「北京の輩に寄するの詩」。

〈街に三歳の児童ありて煙草を吸い
村に百歳の老婆ありて薪を背負う
かかる楽園の首都にて
自分でわからぬT(ター)君の脳と
酔えば人を蹴るI(イー)君の脛と
ひどく重たきC(チー)君の腰と
何やらかきまわしてるS(サー)君の指と
これらの肉体の部分品よ
やがてちぐはぐのお前達の中から
どんな子供が生れようが
大陸の事だ、かまうものか
そして産後の一寝入りをしたら
蛇のお母さんのように
ゆっくりと穴から出ようではないか

――安徽省の街から――〉
(p152-153「北京の輩に寄するの詩」)

読んだ感想を書けたらいいのに、何と書いたらいいのか。
――とにかく大きな人を遠目に見て、見ただけで、お腹がどすんと重くなった。それは、気持ち悪い重さではなくて、栄養の濃いものをたくさん食べた時のような感じで――。
こんな感想では、小学校の夏休みの宿題にも提出できそうにないが。
by konohana-bunko | 2013-08-24 09:51 | 読書雑感 | Comments(0)

何もないところを空といふのならわたしは洗ふ虹が顕つまで


by このはな文庫 十谷あとり
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