伸びちぢみする編み目、のような、隙

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伸びちぢみする編み目、のような、隙   十谷あとり

カフェに入るとき、期待をすると同時に、緊張することがある。
カフェは非日常的な空間だ。おしゃれで、すみずみまで念入りに選ばれたモノばかりでできている。だからすてきなのだが、そのすてきさへのこだわりが息苦しい時がある。(この店にふさわしい客なのかあなたは?)と問い詰められているように感じてしまうのだ。
その点、本のあるカフェは、本がないところよりもずっと気が楽だ。お店の人は本を通してさりげなく、しかし具体的に(わたしたちはこういうものが好きですよ)と伝えてくれる。わたしは本ならどんな本でも好きだから、背表紙を眺めているだけでもこころが和む。
ブックカフェに行って、何か今日ここへ来た記念にちょっとしたものを買いたいと思うとき、ポストカードがあるとうれしい。値段が手頃で、飾れるし、実際よく使うし、たくさんあっても邪魔にならない。あるカフェにはじめて行った日(あ、いいな)と手に取ったのは、毛糸玉の絵のポストカードだった。グレーのパステルで描かれた毛糸玉。手の動きがそのまま糸になったような素朴な絵が気に入った。
結局、カフェに行っても、ポストカードを選んでいても、いやもうどんな場面でも、考えさせられるのはいつもひとつのこと。(あなたは何が好きなのか?何を「よい」と思うのか?)と。大きな声で答えるのははずかしいけれど、わたしはこの毛糸の絵のようなものが好きだ。素朴で、ちょっと古くて、くたびれてやわらかく、でも手を加えたら何かが生まれてきそうで楽しいもの。編み目みたいにゆるくてあたたかく、隙のあるもの。カフェにも、できれば、隙があってほしいのだ。ほっと息が抜ける、ゆるみのような隙が。
by konohana-bunko | 2010-11-04 14:17 | 空中底辺

何もないところを空といふのならわたしは洗ふ虹が顕つまで


by このはな文庫 十谷あとり